惨夢

 柚が「あ」という顔をしたけれど、淡々と高月くんが答えた。

「張ってはあるはずだ。防火水槽(すいそう)としての役割があるから」

「なんだー、もうびっくりさせないでよ」

「でも綺麗かどうかは……ってことか」

 朝陽くんの言葉を受け、柚が盛大に顔をしかめた。

 ()が漂って緑色に(にご)った水を想像し、わたしも苦い気持ちになる。

 前方にプールを取り囲む金網のフェンスが見えてきた。

「別にいいじゃんか、飛び込むわけでもないんだし」

「姿を映すんだっけ?」

「おい、柚。あのページもう1回見せてくれ」

「えー、いいけど」

 ポケットから取り出したスマホを操作し、高月くんに渡す柚。
 わたしたちは何となくそれを囲んだ。

【日没後、プールの水面に自分の姿を映すと、運がよければ女子生徒の霊が現れる。彼女は何でも願いごとをひとつ叶えてくれる】

 ちら、とフェンスの方を窺う。
 夜の闇の中ではどんな景色も不気味に見えた。

「……うさんくさいな。“運がよければ”なんてどう考えても逃げ(、、)だ」

 実際にこの怪談を試して霊が現れなかったときのための保険をかけている、と言いたいみたい。

「何よ、あたし運いいし」

 むっとした柚が間髪(かんはつ)入れずに言い返した。

 南京錠(なんきんじょう)のかかったフェンスの外側からプールを覗き込む。

 外側の木々が黒い影のように周りを取り囲み、風が吹くとざわざわと音を立てた。

 そのたび手招きされているように見えて、ぞくりと背筋が冷える。

 波立った水面はどこか禍々(まがまが)しく、底に沈んだ見えない何かに引きずり込まれるような想像が容易にできてしまった。

「鍵……」

「やっぱり閉まってるね」

 プールに近づけない以上、おまじないじみたあの怪談を試すことはできないだろう。

 正直なところ、ほっとしてしまった。

 夜の学校、そして夜のプールは、想像していたよりずっと不気味で恐ろしかったから。
 これ以上近づく勇気は出ない。

 けれど、諦めきれないのか柚はフェンスに手をかける。
 ぐ、と力を入れると、なんと南京錠がそのまま地面に落ちてしまった。

「え」

 ぎぃ、と()びたような音を立て、フェンスの扉が開く。
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