惨夢



 しん、と水を打ったように静まり返っていた教室内にざわめきが戻った。

 それによって普段通りの調子を取り戻した柚が口を開く。

「昨日さ、鍵見つけたのあたしなんだけど、そのときも非常ベルが鳴ったんだよね」

 わたしはその音を聞いていない。
 ということは、死んだあとの話なのだろう。

「成瀬も言ってたじゃん? “鍵見つけたら鳴った”って」

「ああ、うん」

「あたしもまさにそうだった。手に取った瞬間、一番近くの非常ベルが鳴ってさ」

「ということは、ベルは鍵発見の合図なのかもしれないな」

 高月くんの出した結論に異議はなかった。
 きっとそうなのだと思う。

 これでひとつ、謎が解けた。

「……あ、そうだ。俺、メモ見つけたよ」

 朝陽くんがこともなげに言う。

「写真は撮れなかったんだけど」

「何でよ?」

「その前に殺されたんだって」

「あー……ごめん。それで何て書いてあったの?」

「えっと……」

 柚に尋ねられ、思い出すように視線を彷徨(さまよ)わせる。
 それを見て、わたしは先に口を開いた。

「“裏切り者”」

 図らずもその声はこの場に(なまり)みたいに落ちて、空気をたわませる。

「そう、それだ」

 柚と高月くんが怪訝(けげん)な表情を浮かべる中、はっとした朝陽くんは人差し指を立てた。

「え、何で花鈴も知ってんの? 成瀬と一緒に見つけた?」

「ううん。わたしは……その、朝陽くんの遺体から」

 血溜まりに手を突っ込んで、肉塊や臓物(ぞうもつ)をかき分けた奇妙な感触が、今になって皮膚に蘇ってきた。

 我ながらよくあんなことができたものだ。
 ……色々な意味で。

「それにしても、どういう意味だ?」

 腕を組んた高月くんが小さく呟く。

 考えるにあたって無意識にひとりごとがこぼれたようだった。

 “人殺し”。
 “たすけて”。
 “裏切り者”。

 果たして、それらはやはりあの化け物の言葉だと解釈していいのだろうか。

 だとすると、“彼女”は何かを訴えかけているのかもしれない。

 以前にも考えついたその可能性が、再び頭をもたげてきた。
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