惨夢
あとわずかでも何らかの刺激が加われば、きっとそれが引き金になる。
ひびの入った関係性は、ばらばらに砕け散ってしまうかもしれない。
そしたらもう、戻れないかもしれない。
「……っ」
だけど、何も言えなかった。
わたしまで“死ねばいい”なんて言われたら、と思うと恐ろしくて仕方がない。
◇
立ち入り禁止の屋上に出て風に吹かれたとき、ちょうどチャイムが鳴った。
ようやく柚の手から解放されたけれど、しばらく掴まれていた感触が濃く染み込んで抜けていかない。
柚はこのまま授業をサボるつもりなのだろうか。
何気なく口を開こうとしたものの、本当に“何気なく”振る舞えるか分からなくてやめた。
下手なことを言って反感を買うのが怖い。
わたしまで“敵”だと認定されたらたまらない。
「…………」
きゅ、と唇を噛んだまま立ち尽くしていると、柚が伸びをしながらふちの方へ歩み寄っていった。
「うわ、たっか。うちらこんなとこから飛び降りたんだね」
暢気ないつも通りのトーンで言い、振り返ってわたしを手招く。
それに従って隣に並んだわたしも下を覗き込んでみた。
「本当だ……」
今は夜と違って、眼下に硬いコンクリートの地面が広がっている。
だからか余計に高さを意識させられた。
ここからじゃ分からないはずなのに、ざらつく表面の隙間に入り込んだ砂の粒まで見えるような気がした。
落ちて叩きつけられたらひとたまりもない。
先の見えない奈落に飛び込むのとどっちが怖いのだろう?
ふとそんなことを考えたとき、柚がこちらを見ないまま言った。
「……ごめんね」