惨夢
「……当たり前だけど、わたしたちって全然何も知らないよね」
あの化け物もとい女子生徒の正体然り、この悪夢に閉じ込められる呪い然り、だ。
不意にメモのことが頭に浮かんだ。
“たすけて”。
切羽詰まったようなその4文字が、思考に絡みついて居座る。
「────あの子はもしかしたら、知って欲しいのかもしれない」
そう静かに告げると、柚が顔を上げた。
その怪訝そうな眼差しを受け止めつつ続ける。
「それを訴えかけてるのかも。だって、ただ殺したいだけならこんな形にする必要ない」
残機だとかヒントじみたメモだとか、そんな余地を与えずに取り殺せばいいだけだから。
説明しているというより、言いながら考えをまとめているといった方が正確だった。
声に出すと、頭の中で絡まり合っていた可能性の束が少しずつほどけていって、底の部分が見え始めた気がする。
「じゃあ……そうしないのには理由がある? それが“知って欲しいから”ってこと?」
「そう思う」
確かめるような柚の言葉にわたしは頷いた。
もし本当にそうだったら、女子生徒が誰なのかを探ることは重要な意味を持つ。
◇
1時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、わたしたちは教室へ戻ってきた。
そこに夏樹くんの姿はなかった。
朝陽くんや高月くんの姿もない。
休み時間になったからちょうど入れ違いでどこかへ行ったのか、あるいは彼らも授業をサボっていたのかもしれない。
「あ、戻ってきてる」
不意にそんな声が聞こえた。
廊下の奥からこちらへ歩いてくる朝陽くんと高月くんが目に入った。
「聞いてくれ。実は────」
「朔、ごめん!」
合流するなりそう口を開いた高月くんを遮り、ばっと勢いよく柚が頭を下げる。
よっぽど予想外だったのか、高月くんは言葉を失ったまま見下ろしていた。
「あんたの言う通りだよね。なのに、あたし……」
「ああ……」
何のことか本気で分からずに困惑していたような鈍い反応だった。
思い当たっても特に頓着している様子はない。
「それはもういい」
「よくないって!」
「いつもそうだろ、今さら何だよ。いちいち気にしてたらやってられない」
ぶっきらぼうな言い方なのに冷たさは感じられなかった。
幼なじみとして付き合いの長い彼は、きっと柚のことをよく理解しているのだ。