惨夢
     ◇



「……ん、花鈴」

 うっすらと目を開ける。
 名前を呼ばれていたことに気がついたのは、その1秒後のことだった。

 目の前で呼んでいたのが朝陽くんだと分かって、がばっと勢いよく起き上がる。
 あまりにびっくりして、開きかけた唇の隙間からは何の声も出てこなかった。

「始まってるよ」

「あ……うん」

 音を立てないように椅子を引いて立ち上がる。
 眠りが深かったのか、今日はチャイムも聞こえなかった。

(恥ずかしい……)

 暗がりとはいえ、寝顔を見られたかもしれない。
 そんな場合じゃないのに、頬が熱くなった。

「分担どうする?」

 誰にともなく朝陽くんが尋ね、わたしは周囲を確かめた。柚と高月くんが目に入る。
 憔悴(しょうすい)してはいるけれど夏樹くんの姿もちゃんとあった。

「今日はあたしが1階調べるよ。残機に余裕あるし」

 朗々(ろうろう)と柚は言う。
 確かに危険地帯が多い上に探すのに手間のかかる1階は恐ろしい空間だと、昨晩わたしも思い知った。

「ありがとう、柚」

 残機の多い柚が自ら進んで引き受けてくれるなんて、こんなにありがたいことはない。

「…………」

 離れた位置にいた夏樹くんがふと動いた。思わず目で追うものの、何も言わないまま教室を出ていってしまう。

 残機に余裕がある、という言葉を嫌味のように受け取ったのかもしれない。
 彼女にはそんな意図はなかったと思うけれど、今の夏樹くんの精神状態なら無理もなかった。

「大丈夫、かな」

 つい思っていたことがこぼれる。
 だけど誰も答えられず、そして引き止められずに見送るほかなかった。
 彼の動向は不明だけれど、残機からして無理はさせられない。

「僕も1階でいい。南側はおまえに任せる」

「おっけー、了解。花鈴たちは?」

 そう問われ、悩んでしまう。
 どう分担すれば効率がいいのか、未だに最適解は分からないままだ。

「とりあえず俺は2階探そうかな。花鈴はどうする? 一緒に2階でも、上行ってもいいけど」

「えっと……」

 今度は別の意味で迷った。

 机の中から現れた手に掴まれたことや、靴箱を開けて臓物(ぞうもつ)を浴びたことを思うと、ひとりになるのはやっぱり怖い。

 その点、昨晩みたいに朝陽くんが近くにいてくれたら心強いとは思う。

 だけど、そうも言っていられない。
 鍵を見つけられる可能性を少しでも上げられるように、手分けしてより多くの場所を確かめるべきだ。

「3階調べてみる」

 かくして各々頷き合うと、教室を出て散っていった。
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