惨夢

 そのまま階段を上っていこうとしたものの、不意にぴたりと足が止まった。

(みんなも気づいてるよね?)

 非常ベルの音、すなわち屋上の鍵を見つけたことに。

 屋上を開けてしまうと(いや)が応でも崩落が始まる。

 そういう意味では、確かにベルが鳴るのはわたしたちにとって必ずしもデメリットやマイナスの要素ではなかった。

 それがなければ、鍵を見つけたことをみんなに伝える手段がないのだ。
 圏外だからスマホは使えないし、大声を出せば化け物に見つかってしまう。

 騒々しいこのベルの音にみんなも気づいているのなら、わたしはこのまま上に向かえばいいだろうか。

 屋上前でできる限り待って、誰かが来たら開けて出よう。それが仲間でも化け物でも。



 4階へ上がったとき、ばたばたと廊下を駆け抜ける足音が聞こえた。

(誰か追われてる……?)

 思わず怯んで、身を潜めるように壁際に立つ。
 ライトを消してそっと覗いてみる。

 走っている誰かの明かりが上下していたけれど、不意にそれが止まった。

「……夏樹」

 驚いたような声が聞こえた。今のは柚のものだ。
 どうやら廊下を疾走していたのは彼女で、追われているわけでもなさそうだった。

 非常ベルの音を聞きつけ、西階段の方から急いで上がってきたのだろう。
 屋上へ行くには東階段側からしか行けないので、4階まで上がりきってからこうしてそちらへ向かっていたのだ。

 ここからは見えないけれど、たぶん柚の行く手に夏樹くんがいる。
 それに気づいて立ち止まったみたいだ。

(よかった……!)

 ふたりとも無事だった。
 ひとまず今晩は残機を減らさないで済みそう。
 それはわたしも含めて言えることだけれど、夏樹くんに関しては特にほっとした。

 ライトをつけ直し、彼らのもとへ歩み寄っていく。

「ふたりとも────」

 言いかけた先に言葉が続かなかった。
 耳障りなほど騒いでいた非常ベルの音も、この瞬間だけは聞こえなかった。

 柚の身体が唐突(とうとつ)にくずおれる。
 取り落としたスマホの横に膝をつき、腹部を押さえていた。

「夏……樹……」
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