惨夢
第五夜
「うぅ……ああっ」
悲鳴にも似た呻き声が聞こえた。
肩で息をして、喉がひりついて、それが自分から発せられたものだったのだと遅れて気がつく。
つい項垂れるように目を閉じると、心臓に包丁を突き立てられた瞬間のことが思い出された。
(わたし、殺された……)
あろうことか夏樹くんの手によって、昨晩は命を落とす羽目になってしまった。
柚もそうだ。彼に殺された。
「!」
びりっ、と左腕に電流が走ったかのような刺激が訪れる。
慌てて袖を捲ると、傷から煙が上がっていた。
「うそ……」
あの化け物に殺されたわけじゃなくても、残機は減ってしまうようだ。
“死”には例外も温情もない。
「……っ」
歯を食いしばり、傷が焼け焦げていく激痛に必死で耐えた。
何度味わっても、この痛みには慣れそうもない。
シュウ……と徐々に落ち着いて、傷がひとつ跡形もなく肌に溶ける。
手持ち花火が消えていく瞬間と似ているな、なんて余裕のない頭で思った。
残機は2────昨日、教室で目にした夏樹くんの腕と重なる。
彼と同じ状況に置かれた。追い込まれた。
わたしも冷静でいられなくなるかもしれない。いつ正気を失うか分からない。
そしたら、わたしも理不尽を呪って仲間を殺したくなってしまうのかもしれない。
「もう嫌。死にたくない……」
泣きそうな気持ちで顔を覆った。
早く何とかしないと。終わらせないと。
そのためにも協力は不可欠だ。
だけど昨晩あんなことがあった以上、それは絶望的と言えた。
少なくとも昨日以上の衝突は避けたい。
早く学校へ行って、夏樹くんや柚を止めないと────。
◇
パンッ! と乾いた音が響く。
柚が夏樹くんの頬を思いきり打ったところだった。
その瞬間、教室が静まり返る。
朝陽くんと高月くんの姿はまだないけれど、先に問題のふたりが顔を合わせてしまったみたいだ。
(遅かった……)
戸枠のところからその光景を見たわたしは愕然とした。
今のは、ふたりが完全に決裂した合図だ。
「最っ低」
柚が夏樹くんを憎々しげに睨めつける。
湧き上がる怒りを握り潰すみたいに強く拳を作っていた。
「あんた、自分のしたこと分かってんの? 朝の仕返しのつもり!? だとして、よく……よくもあんなことできたよね」
最初は低めのトーンで冷静に非難したものの、だんだん感情が膨張したのか途中で金切り声に変わって、また元に戻った。
けれど後半は最初より、信じられない、といった軽蔑のニュアンスが強くなっている。
そればかりはわたしも同感だと言わざるを得ない。
彼はどうしてあんなことができたのだろう。
いくら責められて腹が立ったからって、追い詰められているからって、人を殺すなんて正気の沙汰じゃない。ましてや友だちを。
ふたりを止めるべきだと分かっていたけれど、わたしはどうしても動けなかった。