惨夢
「……はは」
夏樹くんは冷ややかに笑った。
予想外の反応だ。
少なくとも昨晩しでかしたことに関しては、微塵も悪びれていない。
「なに笑ってんの!? この人殺し!」
彼女は勢いよく夏樹くんの肩を突いた。
だけど彼は半歩ほど後ずさっただけで、わずかにも怯んでいない。
「別にいいだろ、どうせ夢の中のことだし。実際に殺したわけでもねーし」
完全に開き直った態度だった。
平然とそんなことを言えるなんて信じられない。
頭を鈍器で殴られたみたいな衝撃を受け、直後に体温が上がったのを感じた。
確かにあれは現実じゃない。
だから柚もわたしもこうして生きている。
だけど、それが殺していい理由には絶対になり得ない。到底許されることじゃない。
命は命だ。
それに、昨晩の時点では知らなかったかもしれないけれど残機だって減ってしまった。
リアルでも間接的に殺されたわたしたちは、また一歩死に近づいたのだ。彼は名実ともに人殺しだ。
(……ひどい)
ようやく感情が追いついてきた。
正直、昨日の様子を見て夏樹くんに同情していた部分があったのだと思う。
一度も悪夢を生き延びることができていなければ焦るし、希望が持てなくなっても仕方がない、と。
だから昨晩のこともできれば大事にはしないで、柚のこともたしなめて、丸くおさめられればいいと思っていた。今朝目覚めたときは。
そんなわけがなかった。
ことの重大さを全然理解していなかった。
彼に対する怒りを覚える。
たぶん、半分近くは夏樹くんの態度がそうさせている。
魔がさしたとか、冷静さを欠いていたとか、言い訳が何であれ真っ先に謝罪を口にしてくれていたら、また違っていたかもしれない。
でも、夏樹くんはかけらも反省していない。そもそも自覚がない。ことの重大さを分かっていないのは彼も同じだった。
「はぁ!? あんたマジで最低のどクズ。だったらさ、今夜あたしに殺されても文句言えないよね!?」
「やれるもんならな。おまえには無理だろ」
柚が畳みかけても、彼の余裕は崩れない。
何だか昨日までとは人が変わったように見えた。
何なのだろう。本当におかしくなってしまった、とでも言うのだろうか?
「……ねぇ、何ごと?」