愛より深く奥底へ 〜救国の死神将軍は滅亡の王女を執愛する〜
 タイミングの合致に、花束の贈り主は彼だと思った。
 彼は次々と敵を打ち負かし、英雄となったと教えられた。
 エルシェは自分を滅ぼすのは彼だと思うようになっていた。
 彼であればいいと祈った。
 ……なぜなら、すでに心は奪われているのだから。

***

「あなたは救国の英雄でいらっしゃるのでしょう?」
 エルシェは目の前のヒルデブラントに問う。
 彼は嗤笑(ししょう)した。嘲りの対象が彼自身であることはエルシェにもわかった。
「殿下を蹂躙した私を英雄とお呼びとは」
「あれは愛の行為だと……書物で読みました」
 愛がなくても求める男性がいることは知っている。それも本で読んだ。
 だが、せめてひとときでも愛されたのだと思いたかった。
「純粋であられるのだな」
 ヒルデブラントの口の端にかすかに喜色が浮かんだ。
 が、すぐにそれは自嘲に変わった。
「私は死神であり、反逆者です。救国どころか、滅びの使いと申し上げて差し支えない」
 死神ならば、なおさら自分の命を奪うのではないのだろうか。
 戸惑うエルシェに、ヒルデブラントは続ける。
「私はさきほど、国王を弑し奉った。王妃も、あなたの妹も」
 エルシェは思わず口元を押さえた。
 しおりがはらりと床に落ちた。
 彼は大股で近寄ってしおりを拾い、彼女に渡した。
 次いで、剣鞘(けんしょう)帯革(ベルト)ごとはずし、彼女に差し出した。エルシェは思わず受け取ってしまう。ずしり、とその手に重かった。
「私をご成敗あれ」
 エルシェは目を見開いた。
「この身はすでにあなたの仇。討てばあなたこそが救国の英雄とおなりあそばす」
「そんな……できません」
「我が命はあなたのため。あなたに奪われてこそ、身が立つというもの」
 エルシェは首を振ってあとずさった。
「なぜそのようなこと……」
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