愛より深く奥底へ 〜救国の死神将軍は滅亡の王女を執愛する〜
本章
なぜか妙に胸が騒いだ。
横になったエルシェは、眠れずに体を起こした。
王女として生を受けた彼女は、五歳のとき、尖塔の石牢に閉じ込められた。
それから十三年。こんなに心が騒ぐのは、一年前に予想外の訪問者が現れたとき以来だ。
明り取りの小さな窓から空を見る。
満月が煌々と照り、中にまで光が射しこんでいた。
月光を編んだような銀の髪、星の光のような青い瞳。
かつて、そのように讃えてくれた人がいた。
当時は嬉しくてたまらなかった。
だが、もはや月明かりは切なくなるだけだし、星の光は慰みには小さすぎる。
遠く、騒ぐような声が聞こえた。
徐々にそれは近付いてくる。
固いものが打ち合う音に、悲鳴が重なる。
怖ろしいことが起きている。
彼女は怯えた。
だが、逃げ場などない。ただ震えて怖ろしいことが通り過ぎるのを待つばかりだった。
もしかして、今日かもしれない。
彼女はぎゅっと目を閉じた。
いつか、殺されると思っていた。
滅びを呼ぶ妖女と予言された自分は、その日を待つだけに閉じ込められているのだから。
手をぎゅっと組み合わせた。
最期が苦しくないように、それだけを祈った。
だが神は自分に冤罪を着せた。そんな神が願いを叶えてくれるとは思えなかった。
せめて、とエルシェは押し花で作ったしおりを抱きしめた。
この花を抱いて死ぬことができたなら。
名も知らぬ人物が彼女の慰撫にと届けてくれた赤い薔薇、それで作ったしおりだった。
階段を上る足音が聞こえた。
扉が荒々しく開けられ、一人の男が現れた。
彼が歩を進めると、月明かりに姿が照らし出される。
軍服に包まれた全身が血にまみれていた。頬にも飛び散ったそれを、彼は拭いもしない。手に持つ剣からは生々しく赤い液体が滴っている。
エルシェはなぜか彼の姿を美しいと思った。
男の髪は黒く、右目が金色、左目が銀色をしていた。
見覚えがあった。忘れられるはずがなかった。