愛より深く奥底へ 〜救国の死神将軍は滅亡の王女を執愛する〜
 袖は手首に向かって大きな三角を形作りながら広がっている。袖口にも金糸の刺繍があり、ふわふわした繊細なレースで縁取られている。
 金色のベルトを二重に巻いて垂らす。先端にはサファイアの飾りが揺れた。
 最後に白貂(しろてん)の毛皮を裏に張った青いマントを羽織らされた。
 もう二度とこのようなドレスを着ることはないと思っていた。
 着替えが終わると、エルシェは別室に連れて行かれた。
 かつて、彼女が私室として使っていた部屋だった。
 シャンデリアが炎を揺らめかせ、室内を照らしている。
 石壁には神話をモチーフとした刺繍のタペストリーがかけられ、床には精緻な幾何学模様が描かれた赤い絨毯が敷かれていた。
 長椅子にはキルティングのカバーがかけられ、レースで飾ったクッションが置かれていた。
 厚い石壁をくりぬいたような壁龕(へきがん)の窓際に、ヒルデブラントが外を眺めて立っていた。
 月光を浴びた姿は神秘的で、なぜか刹那的に見えた。
 彼もまた着替えたらしかった。黒い軍服は黒髪とあいまって、よりいっそう彼を凛々しく見せていた。
 彼女に気が付くと室内に戻り、跪いて頭を下げた。
「お待ち申し上げた」
 顔を上げたヒルデブラントは微笑した。
「お待たせ申し上げた、と言うべきか」
 エルシェは彼がどういうつもりなのかわからなかった。
「お部屋を急いで整えさせました。行き届かぬところがあればお詫び申し上げる。粗忽な男のすることよ、とお笑いあれ」
「いいえ」
 エルシェは目を伏せた。最後の場所に馴染みのある部屋を選んでくれた。これもまた彼の慈悲なのだろう。
「お手にあるその花は?」
 立ち上がり、彼は聞いた。
「大事なものです。大切な贈り物を、しおりにしたのです。私の棺に入れて下さいましたら幸いです」
「そのような未来のこと、保証いたしかねる」
 最後の頼みを聞いてもらえないのか、とエルシェは憂鬱に彼を見た。
 彼はまっすぐに彼女を見つめ返す。彼はなぜかまた微笑していた。
「あなたが、あなたのものを取り戻す時が来たのです」
 言われたエルシェは首をかしげた。
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