愛より深く奥底へ 〜救国の死神将軍は滅亡の王女を執愛する〜
 明かり取りの窓は彼女が背伸びをしても届くことはない。石造りの牢と四角に切り取られた空だけが世界のすべてとなった。
 出入り口は一つ。鉄製の重厚な扉は固く閉ざされ、上部と下部に小窓があった。上部のそれは監視をするため、下部のそれは食事を差し入れるためだ。
 囚人服は質の悪い麻で出来ており、やわらかな肌をがさがさと赤く傷付けた。石のベッドは冷たくて、薄い毛布だけでは事足りない。
 食事は朝と夕、固いパンと冷めたスープだけだった。ときにパンはカビていたり、スープが全部、お盆にこぼれていたりした。
 みじめな思いでカビをちぎって捨て、お盆にこぼれたスープを飲んだ。
 石牢の窓にはガラスなどあろうはずもなく、冬には寒風や雪に凍えた。夏は暑く、涼風など望むべくもなかった。嵐の日には雨が吹き込んで部屋を濡らした。
 当初は毎日泣いていた。
 毎晩、神に祈った。
 国を滅ぼすつもりなんてないです。どうか無実が晴れますように。
 冷たい父が悪かったと謝り、愛していると抱きしめてくれますように。
 だが、そんなときは訪れることはなかった。
 怒り狂ってゼンナに当たり散らしたこともあったし、脱走を図ったこともあった。
 なにをしてもうまくいかず、いつしか彼女はあきらめた。
 祈るのはやめた。
 時間とともに折られた心は、境遇に慣れてしまった。
 ゼンナはエルシェによく仕えた。まるでなにかを償うようだ、と思った。
 牢にいたら不要なマナーや世の中のルールも教えられた。
 まるで母のようで、彼女はゼンナを慕った。
 ゼンナはエルシェに世の情報をくれた。
 貴族の暮らし、民の暮らし。
 見たこともないそれらを、興味深く聞いた。
 最初は雑談にも神経を尖らせていた衛兵は、牢で泣く幼いエルシェに同情し、黙認するようになった。
 六歳の誕生日、本と菓子と小さな花束が届けられた。
 差し入れは禁止されている。が、ゼンナは衛兵の目を盗んで運んでくれたのだ。
 父からかと目を輝かせたエルシェだが、ゼンナは否定した。
「どなたとは申し上げられませんが、あなたを見守っている方がいらっしゃいます」
 がっかりした。
 それでもやはり、誰かが自分を思ってくれたという事実は彼女の心を和ませた。
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