愛より深く奥底へ 〜救国の死神将軍は滅亡の王女を執愛する〜
 それでも、エルシェの胸を焦がすには充分だった。
 彼女が知るのは物語の恋や愛ばかりだ。
 本当の恋はどんなものなのだろう。
 楽しいことも苦しいこともあると書かれているが、それはどれほど胸を躍らせ、しめつけるのだろう。
 エルシェは丁寧に薔薇の花びらをはがして押し花にした。
 しおりサイズの布を二枚作り、花びらを千切った。膠で薔薇を再現するようにはりつけ、おそろいのしおりを完成させた。
 一枚は自分用だ。もう一枚をゼンナに託した。
「これを、花をくれた方に差し上げて」
「確約はできませんが、お預かりいたします」
 無事にその人のもとに届いたと知ったとき、エルシェは歓喜した。



 ゼンナがもたらす話は、次第に暗いものになっていった。
 ハリクスが税を重くした。逆らう民衆を投獄し、処罰した。
 エルシェは胸を痛めた。
 父が物語で読むような悪辣な王になっていくようで、つらかった。
 後妻のマデリエはティルデと共に贅沢に暮らし、国民の反感を買っていることも教えられた。



 十五歳になったある日、戦争が始まった、とゼンナに教えられた。
 国庫が底を突いたと知ったハリクスが、隣国であり母の生国であるティスタールに攻め込んだのだ。
 エルシェは涙をこぼした。
 父にとって母はそれほど軽い存在だったのだ、と悲しかった。
 事態は膠着し、徐々にランストン王国が押され始めた。
 戦争は決着しないままに二年を越した。



 十七歳になったある日。
 ヒルデブラントが彼女のもとを訪れた。
 彼のもたらす嵐のような一夜を過ごしたあと、ゼンナはエルシェに何度も月のものがあるかを確認した。
 ある、と確認したゼンナは心の底からの安堵を見せた。
 彼の訪問を最後に、贈り物は途絶えた。
 ゼンナの口から、ヒルデブラントが出征したと聞かされた。
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