ダメな大人の見本的な人生

15:遊園地

 浮いていないだろうか。という年相応の率直な疑問。

 これだけ年齢差があって、手を繋いでいるって、変に思われないだろうか。
 援助交際とか、レンタル彼氏とか。
 本気で心配になりながら美来は衣織の隣を歩く。

 上から目線で付き合ってやるか。なんて思っていたが、他人から見たら付き合わせているのはこっちの方なのではないか。

 駅のホームでも電車の中でも、遊園地につくまでそのことが頭を埋め尽くしていた。
 衣織は終始あれこれと話をしていたが、正直何一つ覚えていない。

 返事をしたかどうかも危ういが、衣織はいつも通りの様子なので返事はしたのだろう。
 が、別に返事をしなくても衣織の態度は変わらないだろうと思うと、真相は分からない。

 しれっと手を離そうと、駅のホームで気になる広告や店の前で気になる商品があるフリを何度もした。何なら逆の手で衣織の手を掴んで引き離そうと試みもした。

 しかし衣織は、終始ニコニコ笑顔を貼り付けたまま一切動じなかった。

「さすがに手、離さない?」
「何で? ここからが本番なのに」

 そう言うと衣織は、非現実世界の仰々しい門を眺めた。

 本番ってなんだ。この子が言うと、なんだか全部がいやらしいんだよな。と大人として腐りきっている脳みそで卑猥なことを考えながら、美来はしぶしぶ入り口の列の最後尾に並んだ。

 結論。祝日の遊園地なんて来るものじゃない。
 何分待ったかわからない。
 入るのでさえ一苦労だった。

 あっちもこっちも、人、人、人。

 あれほど気にしていた衣織と手を繋いでいる、という事実さえどうでもよくなりかけるくらい。

 〝〈大人〉という状態を定義せよ〟という議題に直面した時には、〝遊園地の待ち時間を楽しめるか否か〟と答えようと、きっと一生涯使う事のないであろう結論を心に刻んだ。

 しかし、きょろきょろと周りを確認することを怠らなかった。
 私浮いてないよね。若い子と平気な顔でデートしてるけど、援助交際と思われてないよね。

 そんなことを考えている間に、門をくぐり抜け衣織は美来の手を引いたまま、どんどんと先に進んでいる。
 美来が正気に戻った時には、可愛らしいカチューシャが並ぶ店の中に足を踏み入れていた。

 一ミリも心から楽しめない美来は、壁に(はりつけ)にされた耳付のカチューシャの圧に押し負けていた。

「美来さん、美来さん」

 衣織の声に振り向くと、彼は悪魔のようなツノの付いたカチューシャをつけていた。

「みみ~」

 可愛い。って言うか顔がいい。

 それからイヤイヤ、違う。とあれこれ頭の中に浮かんだが、迷う間もなく出た感想がこそ本心なのだろうと、半ば諦めかけていた。

「ツノだよ、それ」
「ツノかー」

 そうだと思った。とでも言いたげに衣織は、言う。
 衣織はツノをつけたまま、美来に落ち着いた色合いの綺麗目なカチューシャを手に取って見せた。

「美来さんはきっとこれが似合うよ」
「私はいいよ」
「いいからいいから。……ほら、よく似合う」

 美来の頭にカチューシャを付けた後、肩を持ってくるりと回すようにして全身鏡に美来を映した。

 大人でも楽しめるようになっている遊園地に妙に関心をしていると、美来の頭からカチューシャが丁寧に外される。
 美来が鏡で髪を整えて振り返ると、衣織は2つのカチューシャを持ってさっさと会計を済ませようとしている所だった。

 美来は慌てて追いかけながら、財布を出す。

「いいって衣織くん! 自分で払うから」
「かっこつけさせてよー」

 冗談めいた憎めない口調で言いながら、さっさと支払いを済ませた衣織は、店の外に出ながらカチューシャを美来に手渡した。

「はいどうぞ」
「ありがとう」

 美来がそう言って受け取ると、衣織は嬉しそうに笑顔を作る。

 衣織の態度に胸が高鳴ってしまうのは仕方のない事だと思う。
 この子のきわどい所は、これを演技でやっているのか天然でやっているのか、見分けがつかなくなるところだ。

 しかし、天然でやっているならそれはそれで尊いし、演技でやっているのならその感じがモテる理由だなと納得する辺りが本当にどうかしていると思う。

 衣織はまたさりげなく手を繋ぐ。
 カチューシャまで買ってもらって拒絶するわけにもいかず、美来はそちらは諦めつつ、キョロキョロと周りを確認した。

「ね、美来さん、あれ食べよう」

 衣織がそうやって指さしたのは、チュロス店。屋台の様なワゴンだった。
 まだ門をくぐってカチューシャ買っただけなのに、もう何か食べるの? と思いながら比較的少ない客を眺めていた。

 別に自然派を提唱している訳ではない。
 しかし、年齢を考えなければいけない時もある。
 油で揚げて砂糖をまぶしてあるのだ。

 羽目を外して何でもかんでも食べていると、明日の体調にも差し支えるだろうし、肌にも悪い。

「はいッ、あ~ん」

 とびきり甘い声が聞こえて、美来は視線を移す。すぐそばのベンチでは、衣織くらいの年の女の子がどう考えても釣り合わない小太りのおじさんに満面の笑みでチュロスを差し出していた。

 援助交際か、それともレンタル彼女か。はたまた本気でお付き合いをしているのか。もしかすると夫婦なのか。

 意識してみれば、かなり目立つ光景。

 しかし本人たちは周りの目なんて何一つ気にしてはいないし、周りの人たちも一瞥するだけですぐに自分たちの会話に戻る。
 それどころか気付かない人達の方が圧倒的に多い。

 そうか。意外とみんな他人の関係になんて興味を持っていないのか。
 そう思うとなんだか、心が軽くなってくる。

 どうせ誰も見ていない。
 せっかく来たんだから、楽しまないと損だ。

「何味がいい?」

 衣織は美来を振り返りながら問いかける。

「チョコ!」

 いつもの衣織よりも少し大人びている表情から、美来の返事を聞いた後は、柔らかい笑顔へ。

 そんな顔もするのか、と心臓を掴まれた気になる。

 いつもなら必死になって拒絶する感情も、今日くらいいいか。と割り切って笑顔に変えて、いつの間にかいなくなったカップルに代わって、ベンチに座ってチュロスを食べる。

 甘い。
 しかし同時に、幸せだと思った。

 チュロスを食べた後は、本格的に遊園地を楽しむべく、絶叫系のアトラクションの原点にして頂点、ジェットコースターに乗る。

 隣に座る衣織の顔を自分の髪の毛が叩き続けていたのは、風の所行だった。

 どうしようもない美来はそのまま気付かないふりをしていたが、衣織も何かそれに対して言及することはないという大人レベル高めのムーブをしていた。

 その後は若干嫌がる衣織を引っ張ってお化け屋敷に入った。

 きっと衣織はお化け屋敷が怖いのだろう。
 ここは大人らしく自分が先導してやろう。という気持ち100%で中に入ったはいいが、序盤に腰を抜かすという失態を犯し、結局平然とした顔の衣織に肩を借りて出てきた。

 恥をかいたし、叫ぶこと自体が久しぶり過ぎてすぐに喉を傷めたが、ストレス発散になったのか、信じられないくらいの爽快感がある。

「あれにしよう! あれ!!」

 それから調子に乗った美来はくるくると回るコーヒーカップの様な乗り物に衣織を引っ張っていった。
 しかし回っている途中から気分が悪くなり、何とか最後まで耐えたが再び衣織に肩を借りて降り、たっぷりと恥の上塗りした。
< 16 / 103 >

この作品をシェア

pagetop