ダメな大人の見本的な人生
18:〝本日はお休みします〟
「美来さん。次のデートいつにする?」
こんな調子で、衣織は今日も絶好調で職場から美来をストーカーしていた。
「ねー。いつにしようね」
誰が見ても明らかに相手をしていないと分かるくらい平坦な口調で返事をしても、鬼強メンタル衣織はニコニコ笑顔を貼り付けている。
はたから見れば、絶対にストーカーには見えないだろう。
この前はテキトーに扱っているとかなんとか言ってふてくされていたはずだ。
あの顔はあの顔で可愛かったな、と自分の気持ちのまとまりのなさに、美来は溜息を吐き捨てた。
きっとこの子は遊園地デートの帰りに別の女に会っていた所を見られているなんて思ってもいないのだろうな、という一線を引いた向こう側から一方的に送る軽蔑。
しかし、それが彼女という枠なら発言権はあっただろう。
将来に対して思わせぶりな態度をとっていたのなら、口にすべきことはあったはずだ。
だが、そもそも衣織を恋愛対象外としているのは自分な訳で。
それはつまり、傷つく権利を自分自身で剥奪している様なものだ。
それなのに自ら選択して、傷付いている。
もう、どうでもいいや!! どうにでもなってしまえ!! みたいな感情が働いている事は否定しない。
しかし、それとこれとは話が別だと分けて考えられるようになっている事は事実だった。
衣織とビリヤードとダーツに行った事も、遊園地も、間違いなく面白かった。
もう忘れてしまっている事を、衣織は思い出させてくれる。
一緒にいて面白い事は間違いない。
結論は、〝これ以上距離が縮まらない範囲でこのままでいい〟。
その結論に至ると、心底安堵する。
ダーツをして帰ったあの日に、家に泊めておかなくてよかったと心底安堵していた。
さらに一歩親しくなっていたら、取り返しのつかない気持ちを生んでしまっていたのかもしれない。
あの時が分岐点だったのかもしれないと美来は何となく感じていた。
二人が向かっている先はスナックみさ。
というより、衣織はただ美来についていているだけなので、行き先すら知らない可能性もある。
スナックみさの入り口はいつもと様子が違っていた。
ハルが何かを眺める様にドアを見ながら突っ立っていて、いつも光っている看板には光が入っていない。
その時点で嫌な予感はしていた。
「休みだってよ」
ハルは美来の方向を振り返って、平坦な口調で言った。
「うそー」
美来はそういいながらハルの隣に並んでドアを見る。
そこには〝所用のため、本日はお休みします〟の達筆な文字が書かれた貼り紙があった。
「本当だ……。え~休みなの? 三住春登~」
「不必要に俺の名前使うのやめろ」
ハルは自分のフルネームを呼ばれるのがあまり好きではないらしい。
スナックで初対面の人に名前を聞かれた時も、〝ハルでいい〟と言って、かわしている。
美来がハルのフルネームを知ったのは、もう随分前にベロベロに酔っぱらって〝勝った方の言う事をなんでも聞くジェンガ〟で負けたハルに無理矢理聞き出した。
ちなみに、自分のフルネームを教えたくない理由は〝一歩踏み入られる感じがするから〟。という特殊極まりないもの。
線の引き方下手か。というツッコミをした気がするが、正直酔っていてよく覚えていない。
隣では、美来とハルの間に腕を差し込んでハルを追いやり、自分がその場に収まるという行動を衣織が行っている所だった。
「せめて喋れよ、ストーカー」
ハルの言葉なんて聞こえていないとでも言いたげに、衣織は美来と同じ貼り紙を眺めた。
「グループトークに連絡来てたよ」
あくまで美来に向かってそういう衣織に、美来とハルは同じタイミングで自分のスマホを取り出した。
チャットアプリにある〝スナックみさ〟のグループトークには、スナックの中の写真に〝今日はお休みします〟という文字が入った画像と、メッセージが入っていた。
おなじみのメンバーがスタンプで反応している。
衣織は最初から知っていた様子だ。
それなら教えてよ、と思ったが、それは一周回って〝私がどこに行こうとしているのか知ってるでしょ?〟というストーカー行為を肯定してしまう行為だと悟った為、口には出さなかった。
「あ、同志が三人もいる」
その声に視線を向けると、実柚里がコンビニの袋片手に三人の方向へ歩いてきていた。
「実柚里ちゃんも間違えてきたの?」
「そうそう。コンビニ寄って戻っても誰もいなかったら帰ろーって思ってたの。よかった」
ハルはおそらくその言葉で巻き込まれる予感がしたのだろう。「じゃあ、」と言いかけた。
「次の雨でもう散りそうだから夜桜見に行こうよ、美来さん」
「いいね。せっかくだし、行こっか」
「美来さん行くなら俺も行く」
実柚里に返事をする美来に反応する衣織。
〝お前も来るのかよ〟という内心を隠す気もないまま実柚里は衣織を見た。
しかし衣織はニコニコ笑顔のまま。今日も今日とて鬼強メンタルを発揮していた。
「ハルさんも行くでしょ?」
「行かねーよ」
ハルにはっきりと否定されてた実柚里は、少し眉間に皺をよせ、唇をすぼめてふてくされた顔をしたが、背を向けるハルを横目に口角を上げた。
「私がご馳走しようとおもったのにー」
その言葉にハルは去ろうとしていた足をぴたりと止めた。
これはいける、と思ったのだろう。実柚里はさらに口を開いた。
「お酒もサービスする」
「どこ行くー?」
先ほどの嫌そうな態度なんて全て引っ込めて踵を返し、指揮を取ろうとするハルを、美来は軽蔑の目で見ていた。
「大人としてのプライドはないの……?」
「それでタダ飯食えんの?」
飄々とそう言って先頭を歩くハルを視線で追う。彼の後ろにはご機嫌な様子の実柚里が引っ付いている。
美来が歩き出せば衣織が続いた。
「二人とも、こんな大人にはなったらダメだよ」
「はーい」
「さすがに、こんなちゃらんぽらんにはならないな~」
本気で二人の将来を心配して釘を刺す美来に、速攻で返事をする優等生は当然衣織だった。
ハルに懐いていると思っていた実柚里も、あっさり彼を切り捨てる。
「お前ら見る目ねーなー」
余裕たっぷりでそう答えるハルは、衣織と同レベルの鬼強メンタルだと思う。
そしてそのハルの扱い方を把握している実柚里も間違いなく強者だ。
強者・実柚里は少し後ろを歩く衣織に冷たい視線を向けた。
「美来さんの金魚のフンかよ」
「全然それでいい。寧ろ本望ー」
顔は抜群にいいのに特定の事に関しては壊滅的なまでに知能が下がる。
〝残念なイケメン〟という言葉がこれほど似あう子がこの世にいるだろうか。
美来は反応するのも面倒で、自分たちで落とし所を見つけるだろうと、子どもたちの喧嘩を聞き流している。
兄妹の親はこんな気持ちなのかもしれない。
「その顔でレベル低い事言うのやめて」
「〝おまる〟が俺の顔の真似してイジったんじゃないの?」
「おまるじゃねーよ! す・ま・る!! 別にすまるくんが整形してても好きだし!! っていうか、呼び捨てにすんな!!」
「もうお前ら、うるせー!!」
この中でまともな感性を持っているのは自分だけなのではないかと思う。
しかし、何を奢ってもらおうか考える事に集中できずにイライラしているであろうハルも、衣織のイカれ具合に譲歩する実柚里も、実柚里をテキトーにあしらっている衣織も、きっと皆同じことを思っているのだろうという事は、想像に難くない。
いつの間にか美来は先頭を歩きながら、以前四人で来て地獄の空気を味わったコンビニに足を踏み入れた。
こんな調子で、衣織は今日も絶好調で職場から美来をストーカーしていた。
「ねー。いつにしようね」
誰が見ても明らかに相手をしていないと分かるくらい平坦な口調で返事をしても、鬼強メンタル衣織はニコニコ笑顔を貼り付けている。
はたから見れば、絶対にストーカーには見えないだろう。
この前はテキトーに扱っているとかなんとか言ってふてくされていたはずだ。
あの顔はあの顔で可愛かったな、と自分の気持ちのまとまりのなさに、美来は溜息を吐き捨てた。
きっとこの子は遊園地デートの帰りに別の女に会っていた所を見られているなんて思ってもいないのだろうな、という一線を引いた向こう側から一方的に送る軽蔑。
しかし、それが彼女という枠なら発言権はあっただろう。
将来に対して思わせぶりな態度をとっていたのなら、口にすべきことはあったはずだ。
だが、そもそも衣織を恋愛対象外としているのは自分な訳で。
それはつまり、傷つく権利を自分自身で剥奪している様なものだ。
それなのに自ら選択して、傷付いている。
もう、どうでもいいや!! どうにでもなってしまえ!! みたいな感情が働いている事は否定しない。
しかし、それとこれとは話が別だと分けて考えられるようになっている事は事実だった。
衣織とビリヤードとダーツに行った事も、遊園地も、間違いなく面白かった。
もう忘れてしまっている事を、衣織は思い出させてくれる。
一緒にいて面白い事は間違いない。
結論は、〝これ以上距離が縮まらない範囲でこのままでいい〟。
その結論に至ると、心底安堵する。
ダーツをして帰ったあの日に、家に泊めておかなくてよかったと心底安堵していた。
さらに一歩親しくなっていたら、取り返しのつかない気持ちを生んでしまっていたのかもしれない。
あの時が分岐点だったのかもしれないと美来は何となく感じていた。
二人が向かっている先はスナックみさ。
というより、衣織はただ美来についていているだけなので、行き先すら知らない可能性もある。
スナックみさの入り口はいつもと様子が違っていた。
ハルが何かを眺める様にドアを見ながら突っ立っていて、いつも光っている看板には光が入っていない。
その時点で嫌な予感はしていた。
「休みだってよ」
ハルは美来の方向を振り返って、平坦な口調で言った。
「うそー」
美来はそういいながらハルの隣に並んでドアを見る。
そこには〝所用のため、本日はお休みします〟の達筆な文字が書かれた貼り紙があった。
「本当だ……。え~休みなの? 三住春登~」
「不必要に俺の名前使うのやめろ」
ハルは自分のフルネームを呼ばれるのがあまり好きではないらしい。
スナックで初対面の人に名前を聞かれた時も、〝ハルでいい〟と言って、かわしている。
美来がハルのフルネームを知ったのは、もう随分前にベロベロに酔っぱらって〝勝った方の言う事をなんでも聞くジェンガ〟で負けたハルに無理矢理聞き出した。
ちなみに、自分のフルネームを教えたくない理由は〝一歩踏み入られる感じがするから〟。という特殊極まりないもの。
線の引き方下手か。というツッコミをした気がするが、正直酔っていてよく覚えていない。
隣では、美来とハルの間に腕を差し込んでハルを追いやり、自分がその場に収まるという行動を衣織が行っている所だった。
「せめて喋れよ、ストーカー」
ハルの言葉なんて聞こえていないとでも言いたげに、衣織は美来と同じ貼り紙を眺めた。
「グループトークに連絡来てたよ」
あくまで美来に向かってそういう衣織に、美来とハルは同じタイミングで自分のスマホを取り出した。
チャットアプリにある〝スナックみさ〟のグループトークには、スナックの中の写真に〝今日はお休みします〟という文字が入った画像と、メッセージが入っていた。
おなじみのメンバーがスタンプで反応している。
衣織は最初から知っていた様子だ。
それなら教えてよ、と思ったが、それは一周回って〝私がどこに行こうとしているのか知ってるでしょ?〟というストーカー行為を肯定してしまう行為だと悟った為、口には出さなかった。
「あ、同志が三人もいる」
その声に視線を向けると、実柚里がコンビニの袋片手に三人の方向へ歩いてきていた。
「実柚里ちゃんも間違えてきたの?」
「そうそう。コンビニ寄って戻っても誰もいなかったら帰ろーって思ってたの。よかった」
ハルはおそらくその言葉で巻き込まれる予感がしたのだろう。「じゃあ、」と言いかけた。
「次の雨でもう散りそうだから夜桜見に行こうよ、美来さん」
「いいね。せっかくだし、行こっか」
「美来さん行くなら俺も行く」
実柚里に返事をする美来に反応する衣織。
〝お前も来るのかよ〟という内心を隠す気もないまま実柚里は衣織を見た。
しかし衣織はニコニコ笑顔のまま。今日も今日とて鬼強メンタルを発揮していた。
「ハルさんも行くでしょ?」
「行かねーよ」
ハルにはっきりと否定されてた実柚里は、少し眉間に皺をよせ、唇をすぼめてふてくされた顔をしたが、背を向けるハルを横目に口角を上げた。
「私がご馳走しようとおもったのにー」
その言葉にハルは去ろうとしていた足をぴたりと止めた。
これはいける、と思ったのだろう。実柚里はさらに口を開いた。
「お酒もサービスする」
「どこ行くー?」
先ほどの嫌そうな態度なんて全て引っ込めて踵を返し、指揮を取ろうとするハルを、美来は軽蔑の目で見ていた。
「大人としてのプライドはないの……?」
「それでタダ飯食えんの?」
飄々とそう言って先頭を歩くハルを視線で追う。彼の後ろにはご機嫌な様子の実柚里が引っ付いている。
美来が歩き出せば衣織が続いた。
「二人とも、こんな大人にはなったらダメだよ」
「はーい」
「さすがに、こんなちゃらんぽらんにはならないな~」
本気で二人の将来を心配して釘を刺す美来に、速攻で返事をする優等生は当然衣織だった。
ハルに懐いていると思っていた実柚里も、あっさり彼を切り捨てる。
「お前ら見る目ねーなー」
余裕たっぷりでそう答えるハルは、衣織と同レベルの鬼強メンタルだと思う。
そしてそのハルの扱い方を把握している実柚里も間違いなく強者だ。
強者・実柚里は少し後ろを歩く衣織に冷たい視線を向けた。
「美来さんの金魚のフンかよ」
「全然それでいい。寧ろ本望ー」
顔は抜群にいいのに特定の事に関しては壊滅的なまでに知能が下がる。
〝残念なイケメン〟という言葉がこれほど似あう子がこの世にいるだろうか。
美来は反応するのも面倒で、自分たちで落とし所を見つけるだろうと、子どもたちの喧嘩を聞き流している。
兄妹の親はこんな気持ちなのかもしれない。
「その顔でレベル低い事言うのやめて」
「〝おまる〟が俺の顔の真似してイジったんじゃないの?」
「おまるじゃねーよ! す・ま・る!! 別にすまるくんが整形してても好きだし!! っていうか、呼び捨てにすんな!!」
「もうお前ら、うるせー!!」
この中でまともな感性を持っているのは自分だけなのではないかと思う。
しかし、何を奢ってもらおうか考える事に集中できずにイライラしているであろうハルも、衣織のイカれ具合に譲歩する実柚里も、実柚里をテキトーにあしらっている衣織も、きっと皆同じことを思っているのだろうという事は、想像に難くない。
いつの間にか美来は先頭を歩きながら、以前四人で来て地獄の空気を味わったコンビニに足を踏み入れた。