ダメな大人の見本的な人生

19:謎メン夜桜

 コンビニの出入り口を通ると音が鳴る。
 ハルはさっさとカゴを手に取ってチルドコーナーに歩いて行った。

「俺、コレ~」

 ハルはそう言うと、ウインナーとポテトが入ったつまみでしかない総菜を二つカゴに入れた。
 それからテキトーに自分好みの総菜を選んでいる。

 この男は〝遠慮〟という言葉を知らないのだろうか。しかもご馳走になる相手は18歳の女の子。

「そんなに食べられる?」

 そういう実柚里は笑っていて、別にお金を出し渋ったりする様子は一切見られない。

「実柚里ちゃん、後から出すから」
「いいのいいの」

 見かねて口を出す美来だったが、実柚里はやはり笑ってひらひらと片手を振った。

「私、貯金って好きじゃなくてさ。こういうのにガンガンお金使いたくてバイトしてるんだー」

 え、〝こういうの〟って何。
 誰かに貢ぐとか? この子、もしかして男に貢ぐために笑えないくらいやばいバイトとかしているんじゃ。

 そう思ったことが顔に出ていたのか、実柚里は噴き出した。

「美来さん、分かりやすすぎ。違うよ。普通のバイトして稼いだお金だよ」
「じゃあ、〝こういうの〟って……?」
「〝経験〟って事」

 当たり前の様にそういう実柚里だったが、美来はピンとこないまま「経験……?」と呟いた。

「私は、楽しく夜桜見たいなーって思ったの。自分の本当にやりたい事に惜しみなくお金使わないと、意味ないじゃん」
「これもいいー?」

 美来が実柚里の言葉を咀嚼するよりも前に、ハルが少し離れた所からこちらを振り返った。

「いいよ~」

 金額を確認することもなく、間延びした声で言いながら実柚里はハルの側に歩く。

 美来は自分の大学生時代を思い出していた。

 確かに自分の大学生時代も、遊ぶために必死になってバイトをしていた。
 そのお金でたくさんの事をした。だから、実柚里の言っている事はもちろん理解できる。

 〝自分の本当にやりたい事に惜しみなくお金使わないと、意味ないじゃん〟

 しかし実柚里の言葉はそれよりもずっと重たくて、大切な言葉である様な気がして。

 そんな訳はないか。
 まだ18歳の子どもだ。
 そんなに深く考えての発言ではなさそうだったし。

「あ、それ気になってたやつ」
「これは俺のな。ほしかったら自分で買えよ」

 本当にこの男は、人として大切なものを母親のお腹の中に置いてきてしまったに違いない。

「じゃあもう一つカゴの中入れといて」
「おー」

 この二人は案外性格が合うのかもしれないなと思いながら、美来はまだ空っぽのカゴの中を眺めた。

「美来さんもう選んだ?」
「ううん、まだ」

 後ろから声をかけた衣織を振り返りながら美来は言う。
 そして衣織の手元を見た。彼の手には、カップラーメンのカレー味にポテトチップス。

「深夜の夜食みたいなの選んだね」
「うん。まず麺食べるでしょ。で、その後にポテトチップスを入れて食べる」

 衣織はまるで恐竜とヒーローの人形を両手に持って戦わせる子どもの様に、カップラーメンを口元に持って行った後、ポテトチップスの袋を傾けて説明していた。

 ここでお湯を入れて行く間に麺が伸びるのではないかと思ったが、さすがにそれくらいわかって買おうとしているのだろうという所に落ち着いて、大して言及はしなかった。

 美来は何よりも先に酒コーナーに足を向けてビールをカゴの中に入れた。

「性格出るよな」

 美来の持っているカゴを見ながら、ハルがそういう。ハルの持っているカゴの中にはたくさんの総菜やお菓子たちが所狭しとひしめき合っていた。

 実柚里は相変わらず全く気にしていないようだが、よく遠慮しないでここまで買えたものだ。

「本当にね」

 しっかりとハルの持っているカゴを見ながら美来はそう。

「先出とくわ」

 店に入ってまだ五分も経っていないが、ハルはもう選び終えたらしい。
 酒をポイポイとカゴの中に入れながらそう言って、さっさとレジに並ぶ為に歩き出した。

 美来は酒を選び終えるとお菓子コーナーに移動した。

 一口で食べられるものの方がいいか。
 コンビニ限定のスナック菓子を、コンソメ味にするかチーズ味にするかをしばらく悩んでいたが、どうせみんな食べるだろうと考えた美来は、どちらもカゴの中に入れる。

 そして他にもいくつかカゴの中に放り込むと、チルドコーナーに移動した。

 美味しそうな匂いがして、衣織が付いてきている事に気が付いた。

 衣織は会計が終わったようでレジ袋とお湯を入れたカップラーメンを片手に美来のすぐ後ろに立っていた。
 自分がここに居るのにあの二人と一緒にコンビニの外で待っているとは思わなかったので、何も言わずに総菜を選んだ。

 本当にこの子は、どの面を下げて私の前にいるんだ。
 顔を出す、まだ制御の利く、怒りとか悲しみとか。
 しかし、そういった感情には、必ず前提とした理由があることも知っていた。

 だから、心の中でその全てを〝呆れ〟として片付けて、割り切るフリをした。

「みんなこんなの食べるかな?」
「あったらきっと食べるよ」

 遊園地帰りの出来事も、自分の感情にも、何も気づかなかったふりをして問いかける美来に、やはり衣織はいつも通りの口調でそういう。

 衣織をテキトーにあしらいつつ会計を済ませて外に出ると、二人はそれぞれスマホを触っていた。
 ハルはパンパンに詰まったレジ袋を二つ、片手に持っている。

 先を歩く実柚里とハル。その後ろに美来と衣織が続いた。

「そういえばどこで見るか決まってるの?」
「うん、決めてる。いい公園見つけたんだ」

 実柚里はくるりと美来の方を振り返って上機嫌な様子でそういうと、またくるりと進行方向を向いた。

 実柚里に連れられるままやってきたのは、特別小さくも大きくもない公園だった。
 右側はボール遊びができる様になっていて、左手には子どもが遊べる遊具が並んでいる。

 公園の周りは小さな散歩コースになっていて、その道には桜が等間隔に植えられている。

「こんなに綺麗なのに、誰もいないね」
「すぐそこに小学校があるから、この辺りは小さな子どもとか子育て世代が多いんだと思う。いい場所でしょー?」

 凄い分析力だなと美来は思いながら、ちらほら緑色の葉が見え始めている桜の側で四人は立ち止まった。

「あーあ。シート忘れた」
「誰もいねーんだから、地面でよくね?」

 そう言いながらも、ハルは自分だけしっかりと芝生の上を陣取って腰を下ろした。
 桜を背にしているから、彼はわざわざ見上げないと桜が見えない。これがいわゆる、〝花より団子〟というやつだ。

「犬がおしっこしているとか思わないの?」
「気づかなきゃないのと一緒だろ。大体のモンは洗濯機につっこみゃ取れんだよ」

 怪訝な面持ちで聞く実柚里だが、ハルはあっさりとした様子で答える。

 そして衣織は犬のおしっこの心配が比較的なさそうな地面のほとんど真ん中に腰を下ろした。

 抵抗はあるが、どうしても気になる訳ではない美来は、桜の木を正面に見える石がぎゅうぎゅうに埋まっている様な地面に腰を下ろした。

 美来は懐かしい地面の手触りを感じながら考えていた。

 地面に座るのなんていつぶりだろう。
 最近はそう考える事が、凄く多い。

 実柚里はしばらく渋っていたが、意を決したのか、可愛らしいハンカチをお尻にひいて美来の隣に腰を下ろした。

 美来は買ってきたものを出しながら桜を見ようと顔を上げた。しかしまず視界に入ったのは、桜になんて見向きもしないハルだった。

「桜見ようと思って顔上げたらまず見えるのがハルさんって言うのがなんか嫌なんだけど」
「私も今、同じこと思ってた」

 実柚里と美来は笑いながらそう言うが、ハルがそこをどくはずもなく。
 そしておそらく桜にもハルにも興味がない衣織は反応を示さない。

 美来が彼を見ると、明らかにウキウキした顔でカップラーメンのふたを開けた。

 本当にカップラーメン好きなんだな、と思っていたのもつかの間。
 衣織は中を覗き込んだ後、急にスンと真顔に戻った。

「……なにこれ」

 そういう衣織に視線を移した実柚里と美来が中身を覗くと、そこには汁のほぼ全てを吸って伸びに伸びて膨張した麺がギューギューに詰まっていた。
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