ダメな大人の見本的な人生
50:ハルに春は来ない模様です
連休終わり最初のスナックは、大人の雰囲気だった。
衣織と実柚里がいないと、やはり雰囲気が大きく変わる。
二人の影響力は凄いのだな、と他愛ない話をハルとしながら、ゆっくり酒を飲んでいた。
時刻は八時過ぎた所。
スナックで軽く食べようと思って仕事帰りにそのまま来た美来だったが、美妙子は今日は忙しそうにしていて、とても軽食をお願いできる雰囲気ではない。
今日のスナックみさは人が多かった。
連休明けで現実逃避したい人がこの世にはやはりたくさんいるのだ。
考える事はみんな同じ、というわけだ。
「ねーハル。お腹空いたんだけど、居酒屋でもいかない?」
「お前の奢りな」
言うと思った。という美来をよそに、ハルもおそらく奢る余裕があるとき以外誘ってこないと知っているから、あっさりとたちあがる。
二人でスナックみさを出て、外の風を浴びる。
とても、綺麗とはいいがたい。
いつもの古びた商店街の匂いだ。
いたるところから漂う、重たい油の様な匂い。
連休中に衣織と行った旅館の露天風呂の空気とは全く違う。
露天風呂で夜の空気を吸ってから、この商店街付近の空気は少し特殊なのだと改めて思う。
しかし美来は、自分にはこんな場所がちょうどいいと思っていた。
社会に居場所がない自分を受け入れてくれる場所を探して、たどり着く所。
その一員だ。ハルも、自分も。
だからこんな商店街はつぶれる事無く、生き残るのだろう。
衣織と朝に露天風呂に入った日。
チェックアウトの時間が迫っていると必死に言いくるめて、旅館を出た。
心臓に悪いから急にスイッチが入るのはやめてほしい。
せめてTPOをわきまえてほしい。
それを今後ゆっくりと関係を断って行かなければいけない子に思っても仕方ないのだが。
「どこの居酒屋いこっか」
「高いとこ」
「……もうすこし品性、どうにかなんないの?」
「品性でタダ飯食えんの?」
ハルの平常運転に呆れながら、美来はため息をつく。
この男の人生の基準は〝タダ飯〟以外ないのか。という気持ちになったが、美来は〝暇つぶしにハルの時間を買っている〟と思い直すことにした。
人との交わりから完全に孤立しているハルを見て、なぜか田上を思い出す。
田上はハルとは正反対でどう考えてもまともな部類の人だ。
あれから互いに連絡することはないが、彼は元気にしているのだろうか。と思った時、頭の中には衣織が浮かんでくる。
そしてあの夜を思い出して、心臓がうるさく鳴っている。
連鎖して頭の中にあらわれるのもやめていただきたい。
「ハル、お腹空いた?」
いろいろ頭がごちゃごちゃしてきたところで、美来は時間を金で買ったハルに意識を向けた。
「めっちゃ空いた。めっちゃ食うから」
あらかじめ報告は一応してくれるだけ今日のハルは親切だ。
ハルは本当に不思議な男だと思う。
自分がお金を出さないとついてこないと分かっているのに、自分がお金を出してでも連れ出したいと思う。
話していて居心地がいい。ただそれだけだから、ハルという男の〝人間力〟は凄まじいと思う。
居酒屋につくと、二人はテキトーに注文をした。
当然、ハルは自分の物だけを好きな様に遠慮なく頼んで、自分の分を頼み終わると黙っている。
奢ってやるんだからついでに私の分も頼めよ。と一瞬は思うのだが、ハルにそこまでの気遣いを期待してはいなかった。
「ハルってさ、本当にこういう時遠慮しないよね」
「当たり前だろ。遠慮なんて誰も得しねーんだよ」
「私は安い方が得するんだけど」
「意見の相違だな」
なーにが〝意見の相違〟だ。どう考えたってお前が得するなら私が損するだろうが。
と喉元まで出かかったが、美来はそれが言葉として喉元で変換されるよりも前に、息を漏らして呆れ笑いを浮かべる。
だから楽なのだ。ハルが気を使わないから、自分もハルに気を使わなくていい、という構図が成立する。
気を使われると、気を使わないといけないから疲れてしまう。
気は絶対にあう方だと思うが、ここまで恋愛対象にならないハルという男は本当にすさまじいと思う。
自分のお金でいい所の旅館に連れて行ってくれた衣織とはえらい違いだ。
ハルは彼女が出来たとして、きっと優しくするだろうが、分かりやすい特別扱いはしない気がする。
彼との恋人生活は、本当に日常の延長線上にいるような感覚がするのだろうと、美来は何となく考えていた。
考えれば考える程ハルと付き合う事はないし、そうなった場合には絶対に性格の不一致が起こる。と今の時点で胸を張って言えるのだから、これほどはっきりした関係も面白いと思う。
「ハルって告白されたこととかあるの?」
「俺の事なんだと思ってんの?」
お通しの枝豆を指でつまみながら、ハルは平坦な口調で言う。
「ハルって恋愛の話しないよね。って言うか、あっても話さなさそう。って言うか、ないんだろうけど」
「まじでお前キライ」
ハルはそう言うと枝豆を口から少し話して、勢いよく飛ばして口に入れていた。
そもそも、こんな男でいいと言ってくれる物好きな女はそうはいないだろう。
まともに働きもせず、誰かと幸せになろうなんて言う気が一切ない男に、女がついて行くはずがない。
それなのに人を引き付ける魅力があるハルは、やはり特殊なのだろう。
「お前は? 衣織とはどうなんだよ」
ハルはおそらく自分の話をするのが面倒になったのだ。
大して興味もない様子で美来に話を振った。
おそらく一番話題に事欠かないと思ったに違いない。
「旅行に行ってきた」
「……え、まじ?」
なぜかハルは意外な食いつきを見せていた。
この男も他人に興味がある瞬間があるのだな、と美来は心のどこかで考える。
「なんでまた」
「成り行きで。ちょっとそこまでドライブってなって、海に連れていかれて、泊って帰ろうってなったんだけど」
「いや、ならねーだろ」
ハルはそう言いながら、しかし衣織がそのわがままを言っている所は想像がつくのか薄く笑っている。
「お前、だんだん衣織に毒されてるな」
「……やっぱそう思う?」
「思う。だってお前、そういうの無理っぽい感じだったじゃん。ガサツなクセに、変な所で神経質でさ。〝旅行には絶対コレとコレとコレと……! こだわりがあるの!〟みたいな」
ガサツとか変な所で神経質とかは余計だが、おおかた正解だ。
「……ハルって案外人の事見てるよね」
「別に。お前の自分アピールが凄いからだろ」
私が一体いつお前に自分アピールしたよ。と思ったが、そんなところを詮索したところでハルは何一つ答えないので無視しておいた。
「これからちょっとずつ、距離取っていこうって思ってる」
「できんの?」
ハルは〝どうせ無理だろ〟と言いたげな様子を余すことなく態度に出す。
「って言うか別によくね? 衣織と付き合えば」
「私には無理」
「なんで? 年齢?」
「それもあるし」
そういってから、葵の顔が思い浮かぶ。
「荷が重いもん」
揚げ出し豆腐を箸でつつきながら言う美来にハルは「ふーん」と興味なさげに返事をした。
こいつ聞いておいて本当に興味ないなとムッとした美来は口を尖らせて言った。
「知らないよ、ハル。実柚里ちゃんの事好きになっちゃって、私の気持ちわかるようになった時、話し相手になってあげないからね」
「十以上年離れたガキとどうやってもそうならねーよ。それに、俺の隣はいつだってフリーダムだから」
ハルはそういってエビマヨを口に放り込んだ。
なにがフリーダムだ。
基本ニートの時々フリーターの彼女なしなだけだろうがという言葉を、真正面から睨みつける事で解消しようとしたが、ハルは見て見ぬふりをしながら、エビマヨを一皿一人で平らげた。
「ああ!! それ私が頼んだエビマヨ!!!」
「あ、悪ィ。もう食ったわ」
貴様。という言葉が喉元まで出かかって、美来は勢い良く手を伸ばしてハルの残していた最後の一つの唐揚げをひっつかむと口に放り込んだ。
「あ、おい! 俺の唐揚げ!!出せ!!」
出すか、バカ。と思いながら、美来は唐揚げを酒で流し込む。
「マジで何考えてんの、お前」
「唐揚げ一個取られたぐらいで大人げないよ。エビマヨ一皿取られた私の身にもなりなさいよ」
二人は攻防戦を繰り広げていたが、「ほかのお客様にご迷惑ですので」という店員の声で、若干正気に戻った。
衣織と実柚里がいないと、やはり雰囲気が大きく変わる。
二人の影響力は凄いのだな、と他愛ない話をハルとしながら、ゆっくり酒を飲んでいた。
時刻は八時過ぎた所。
スナックで軽く食べようと思って仕事帰りにそのまま来た美来だったが、美妙子は今日は忙しそうにしていて、とても軽食をお願いできる雰囲気ではない。
今日のスナックみさは人が多かった。
連休明けで現実逃避したい人がこの世にはやはりたくさんいるのだ。
考える事はみんな同じ、というわけだ。
「ねーハル。お腹空いたんだけど、居酒屋でもいかない?」
「お前の奢りな」
言うと思った。という美来をよそに、ハルもおそらく奢る余裕があるとき以外誘ってこないと知っているから、あっさりとたちあがる。
二人でスナックみさを出て、外の風を浴びる。
とても、綺麗とはいいがたい。
いつもの古びた商店街の匂いだ。
いたるところから漂う、重たい油の様な匂い。
連休中に衣織と行った旅館の露天風呂の空気とは全く違う。
露天風呂で夜の空気を吸ってから、この商店街付近の空気は少し特殊なのだと改めて思う。
しかし美来は、自分にはこんな場所がちょうどいいと思っていた。
社会に居場所がない自分を受け入れてくれる場所を探して、たどり着く所。
その一員だ。ハルも、自分も。
だからこんな商店街はつぶれる事無く、生き残るのだろう。
衣織と朝に露天風呂に入った日。
チェックアウトの時間が迫っていると必死に言いくるめて、旅館を出た。
心臓に悪いから急にスイッチが入るのはやめてほしい。
せめてTPOをわきまえてほしい。
それを今後ゆっくりと関係を断って行かなければいけない子に思っても仕方ないのだが。
「どこの居酒屋いこっか」
「高いとこ」
「……もうすこし品性、どうにかなんないの?」
「品性でタダ飯食えんの?」
ハルの平常運転に呆れながら、美来はため息をつく。
この男の人生の基準は〝タダ飯〟以外ないのか。という気持ちになったが、美来は〝暇つぶしにハルの時間を買っている〟と思い直すことにした。
人との交わりから完全に孤立しているハルを見て、なぜか田上を思い出す。
田上はハルとは正反対でどう考えてもまともな部類の人だ。
あれから互いに連絡することはないが、彼は元気にしているのだろうか。と思った時、頭の中には衣織が浮かんでくる。
そしてあの夜を思い出して、心臓がうるさく鳴っている。
連鎖して頭の中にあらわれるのもやめていただきたい。
「ハル、お腹空いた?」
いろいろ頭がごちゃごちゃしてきたところで、美来は時間を金で買ったハルに意識を向けた。
「めっちゃ空いた。めっちゃ食うから」
あらかじめ報告は一応してくれるだけ今日のハルは親切だ。
ハルは本当に不思議な男だと思う。
自分がお金を出さないとついてこないと分かっているのに、自分がお金を出してでも連れ出したいと思う。
話していて居心地がいい。ただそれだけだから、ハルという男の〝人間力〟は凄まじいと思う。
居酒屋につくと、二人はテキトーに注文をした。
当然、ハルは自分の物だけを好きな様に遠慮なく頼んで、自分の分を頼み終わると黙っている。
奢ってやるんだからついでに私の分も頼めよ。と一瞬は思うのだが、ハルにそこまでの気遣いを期待してはいなかった。
「ハルってさ、本当にこういう時遠慮しないよね」
「当たり前だろ。遠慮なんて誰も得しねーんだよ」
「私は安い方が得するんだけど」
「意見の相違だな」
なーにが〝意見の相違〟だ。どう考えたってお前が得するなら私が損するだろうが。
と喉元まで出かかったが、美来はそれが言葉として喉元で変換されるよりも前に、息を漏らして呆れ笑いを浮かべる。
だから楽なのだ。ハルが気を使わないから、自分もハルに気を使わなくていい、という構図が成立する。
気を使われると、気を使わないといけないから疲れてしまう。
気は絶対にあう方だと思うが、ここまで恋愛対象にならないハルという男は本当にすさまじいと思う。
自分のお金でいい所の旅館に連れて行ってくれた衣織とはえらい違いだ。
ハルは彼女が出来たとして、きっと優しくするだろうが、分かりやすい特別扱いはしない気がする。
彼との恋人生活は、本当に日常の延長線上にいるような感覚がするのだろうと、美来は何となく考えていた。
考えれば考える程ハルと付き合う事はないし、そうなった場合には絶対に性格の不一致が起こる。と今の時点で胸を張って言えるのだから、これほどはっきりした関係も面白いと思う。
「ハルって告白されたこととかあるの?」
「俺の事なんだと思ってんの?」
お通しの枝豆を指でつまみながら、ハルは平坦な口調で言う。
「ハルって恋愛の話しないよね。って言うか、あっても話さなさそう。って言うか、ないんだろうけど」
「まじでお前キライ」
ハルはそう言うと枝豆を口から少し話して、勢いよく飛ばして口に入れていた。
そもそも、こんな男でいいと言ってくれる物好きな女はそうはいないだろう。
まともに働きもせず、誰かと幸せになろうなんて言う気が一切ない男に、女がついて行くはずがない。
それなのに人を引き付ける魅力があるハルは、やはり特殊なのだろう。
「お前は? 衣織とはどうなんだよ」
ハルはおそらく自分の話をするのが面倒になったのだ。
大して興味もない様子で美来に話を振った。
おそらく一番話題に事欠かないと思ったに違いない。
「旅行に行ってきた」
「……え、まじ?」
なぜかハルは意外な食いつきを見せていた。
この男も他人に興味がある瞬間があるのだな、と美来は心のどこかで考える。
「なんでまた」
「成り行きで。ちょっとそこまでドライブってなって、海に連れていかれて、泊って帰ろうってなったんだけど」
「いや、ならねーだろ」
ハルはそう言いながら、しかし衣織がそのわがままを言っている所は想像がつくのか薄く笑っている。
「お前、だんだん衣織に毒されてるな」
「……やっぱそう思う?」
「思う。だってお前、そういうの無理っぽい感じだったじゃん。ガサツなクセに、変な所で神経質でさ。〝旅行には絶対コレとコレとコレと……! こだわりがあるの!〟みたいな」
ガサツとか変な所で神経質とかは余計だが、おおかた正解だ。
「……ハルって案外人の事見てるよね」
「別に。お前の自分アピールが凄いからだろ」
私が一体いつお前に自分アピールしたよ。と思ったが、そんなところを詮索したところでハルは何一つ答えないので無視しておいた。
「これからちょっとずつ、距離取っていこうって思ってる」
「できんの?」
ハルは〝どうせ無理だろ〟と言いたげな様子を余すことなく態度に出す。
「って言うか別によくね? 衣織と付き合えば」
「私には無理」
「なんで? 年齢?」
「それもあるし」
そういってから、葵の顔が思い浮かぶ。
「荷が重いもん」
揚げ出し豆腐を箸でつつきながら言う美来にハルは「ふーん」と興味なさげに返事をした。
こいつ聞いておいて本当に興味ないなとムッとした美来は口を尖らせて言った。
「知らないよ、ハル。実柚里ちゃんの事好きになっちゃって、私の気持ちわかるようになった時、話し相手になってあげないからね」
「十以上年離れたガキとどうやってもそうならねーよ。それに、俺の隣はいつだってフリーダムだから」
ハルはそういってエビマヨを口に放り込んだ。
なにがフリーダムだ。
基本ニートの時々フリーターの彼女なしなだけだろうがという言葉を、真正面から睨みつける事で解消しようとしたが、ハルは見て見ぬふりをしながら、エビマヨを一皿一人で平らげた。
「ああ!! それ私が頼んだエビマヨ!!!」
「あ、悪ィ。もう食ったわ」
貴様。という言葉が喉元まで出かかって、美来は勢い良く手を伸ばしてハルの残していた最後の一つの唐揚げをひっつかむと口に放り込んだ。
「あ、おい! 俺の唐揚げ!!出せ!!」
出すか、バカ。と思いながら、美来は唐揚げを酒で流し込む。
「マジで何考えてんの、お前」
「唐揚げ一個取られたぐらいで大人げないよ。エビマヨ一皿取られた私の身にもなりなさいよ」
二人は攻防戦を繰り広げていたが、「ほかのお客様にご迷惑ですので」という店員の声で、若干正気に戻った。