ダメな大人の見本的な人生
57:挙動不審
コンビニの入店の音が頭上で鳴る。やる気の無さそうな店員の声が聞こえてくる。
その声を聞いて、ほんの少し安心する自分はやはりまともな部類の人間ではないのだと思う。
無理してやりたくない事をやって生きているのは、自分だけじゃないって。
衣織と実柚里が肩をぶつけていがみ合ったり、桜を見るために行った、寄り慣れたコンビニ。
タバコを買って出ようとしたとき、入り口のすぐ横に置いてあるブースの花火が目に入った。
もうそんな時期か。
花火をしたのなんて、いつ以来だろう。
人生の絶頂期、大学生くらいが最後かもしれない。
そう考えると本当に時の流れは恐ろしい。
花火なんて大して興味もない。
どうしてあんなにはしゃげていたのか、今となってはよく分からない。
そう思って、美来は衣織の顔を思い出した。
もしかすると衣織なら。彼と一緒なら、あの楽しかった思い出を、あっさりと蘇らせてくれるのだろうか。
衣織だったらきっと見つけた瞬間に喜んで花火を買うだろう。
実柚里だったらあらかじめ花火を買ってからみんなを誘うのだろう。
夜桜を見た時みたいに、急に誘ってくれるに違いない。
四人で夜桜を見てから三ヵ月がたった。
もうそんなに関わっているのかと、驚愕する気持ちだ。
衣織とは葵と関係をやめてほしいと告げた日の夜から会っていない。
いつも通り。当たり前の様に身体を重ねて、朝一番に「またね」と言い残して、また玄関前でキスをして帰っていった。
約一か月がたったけれど、その〝また〟は今の所訪れていない。
結局、曖昧な関係になった。
なった、というか、曖昧な関係の機会を作ったのは間違いなく自分なのだが。
シャットアウトするには絶好のチャンスなのだろう。
〝ほかの人と関係を持っている人と将来を考えられるはずがない〟と言えば、よほど自分勝手でない限り、それ以上の言い訳は思い浮かばないだろう。
最初はスナックに向かう度に衣織がいたらどうしようと思っていたが、そのドキドキも最近はない。
連絡が来ることもない。
「あ、美来さん」
無意識というのはすごい。
美来は実柚里にそう言われて我に返った。
気づけばスナックみさのドアを開けていた。
「これ、一緒にやろ!」
明るい声で名前を呼んでくれる実柚里は、手元のビニール袋を鬼の首の様にかかげる。
何もかも、想像通りで。
やっぱり、と思わず笑顔になった。
「花火!」
興味なさげなハルの隣に座る実柚里の持つビニール袋には、先ほどのコンビニで買ったであろう花火が詰め込まれている。
「うん、しよう」
本当にこの子は想像通りだなと思った美来は、カウンターの背の高い椅子に座りながら言う。
「せっかくだし、衣織も呼ぶか」
〝衣織〟という言葉に思わず肩を浮かす美来には気付かずに、実柚里はすぐさまスマホを耳に当てていた。
最近の子はこんなにスマホの操作が早いのかと驚愕する美来をよそに、実柚里は「あ、もしもし?」と話をし出す。
衣織と電話が繋がったのだと認識した途端、緊張で身体がこわばった。
どうして緊張する必要があるのだと自分自身に問いかけて、それから言い聞かせて見るものの、大して効果はない。
二人で会うにしても気まずいのに、二人プラス誰かで一緒にいるなんて、気まずさが際立つに違いない。
どうしよう、どうしたらいい。
今日はたまたま用事があって、みたいなことにならないかな。
もしくは、この前の状況を察して遠慮してくれないかな。
まあ、いろいろなことを考えてみても、
実柚里が電話をかけている時点で自分の入り込む隙は一ミリもないのだが。
「はいはーい」
実柚里はそれはそれはあっさりと電話を切る。
「衣織来られないんだってー」
言葉に反して、大して残念そうにない実柚里。
心底安堵した美来は、思わず目を閉じてゆっくりと息を吐いた。
「そうなんだ」
「……なんで美来さんそんなに嬉しそうなの?」
しまった、実柚里に不審に思われた。と思った瞬間、自分の顔がこわばるのが分かった。
「まさか、喧嘩したとか?」
なぜ実柚里は目を輝かせているのだろう。
「別に喧嘩なんてしてないよ」
「え~、なんだ。衣織と美来さんの喧嘩とか、想像できなくてちょっと興味あったのに」
心底残念そうに言う実柚里に現状を話して聞かせるとどんな反応をするのだろう。
互いに想像ができずに興味があるのはお互い様の様だ。
「仕方ない。じゃ、花火はまた今度にするか」
え、まじ? という感情はおそらく全て顔に出ていたと思う。
実柚里の視線がバッグにしまうスマホに向いていたのが幸いだった。
今日行こうよ。今行こうよ。
どうして衣織がいないとダメなの? もしかして、実柚里はまだ衣織が好きとか。
いろんなことが頭を回ったが、おそらく単純に人数がいた方が盛り上がるという陽キャらしい実柚里の結論なのだろう。
「四人で行こうよ。桜の時みたいに」
「いかね、」
「またご馳走するね」
ハルの言葉を想像していた強者実柚里は、綺麗に彼の声をさえぎる。
満更でもない顔をして黙っているハルは実柚里に丸め込まれたに違いない。
もし近日四人で花火をするとして、衣織がどんな態度で自分と関わるのか、全く分からなかった。
いつも通りと言われればいつも通りな気がするし、少し遠慮があると言えばあるような態度をとるような気もする。
せめて花火をするときくらいは普通にできたらいいが。
まあ、あれから一度もあってないのだから、想像も確認のしようもないのだが。
もう衣織は、連絡をくれないのかな。と無意識に思う辺りがどうかしていると思う。
「あ」
ぽつりと浮かぶハルの声で、美来と実柚里はハルに視線を移した。
「どうしたの、ハルさん」
「金、ないんだった」
実柚里の質問にぼそりと呟くハル。
「は?」
美来は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「ちょっと回収してくるわ」
「……回収ってなに?」
美来は不審すぎる言葉を言い残して去ろうとするハルの肩に手を置いた。
この男はもともとまともな大人ではないが、とうとう裏社会にでも足を突っ込んだのではなかろうか。
「知り合いに金貸してて今日返してもらう約束だったの、忘れてたんだよ」
よかった。裏社会に片足を突っ込んだのではないらしい。
「いい大人同士が何やってんの?」
「大人にもいろいろ種類があんだよ」
「よく人に貸せるくらいお金持ってたね」
「パチンコで勝った」
自分で働いて得たお金じゃなくてあぶく銭かよと思った美来だったが、その男はお金のないハルから金を借りるのだから相当困っていたのだろうと察する。
ハルは美妙子に一言言ってスナックを出た。
美来と実柚里が座っているカウンターに訪れる沈黙。
後ろのテーブルでは楽しそうな声が聞こえてくる。
「ハルさん、大丈夫かな」
「なんで? 何か変な所あった?」
「うん。絶対、なんか変だった」
嘘。全然わからない。
しかし実柚里にはハルが変だったことに確信があるらしい。
大丈夫だよ~ハルなんだから~と茶化そうかとも思ったが、実柚里があまりに思いつめた様子で心配そうな顔をするから、不謹慎に思えて口をつぐんだ。
「私、ちょっと見てくる」
「ああ、ちょっと……!」
そういって実柚里は、小走りでかけていく。
放っておくわけにもいかず、美来は美妙子に一言伝えてスナックを出て、実柚里を追いかけた。
その声を聞いて、ほんの少し安心する自分はやはりまともな部類の人間ではないのだと思う。
無理してやりたくない事をやって生きているのは、自分だけじゃないって。
衣織と実柚里が肩をぶつけていがみ合ったり、桜を見るために行った、寄り慣れたコンビニ。
タバコを買って出ようとしたとき、入り口のすぐ横に置いてあるブースの花火が目に入った。
もうそんな時期か。
花火をしたのなんて、いつ以来だろう。
人生の絶頂期、大学生くらいが最後かもしれない。
そう考えると本当に時の流れは恐ろしい。
花火なんて大して興味もない。
どうしてあんなにはしゃげていたのか、今となってはよく分からない。
そう思って、美来は衣織の顔を思い出した。
もしかすると衣織なら。彼と一緒なら、あの楽しかった思い出を、あっさりと蘇らせてくれるのだろうか。
衣織だったらきっと見つけた瞬間に喜んで花火を買うだろう。
実柚里だったらあらかじめ花火を買ってからみんなを誘うのだろう。
夜桜を見た時みたいに、急に誘ってくれるに違いない。
四人で夜桜を見てから三ヵ月がたった。
もうそんなに関わっているのかと、驚愕する気持ちだ。
衣織とは葵と関係をやめてほしいと告げた日の夜から会っていない。
いつも通り。当たり前の様に身体を重ねて、朝一番に「またね」と言い残して、また玄関前でキスをして帰っていった。
約一か月がたったけれど、その〝また〟は今の所訪れていない。
結局、曖昧な関係になった。
なった、というか、曖昧な関係の機会を作ったのは間違いなく自分なのだが。
シャットアウトするには絶好のチャンスなのだろう。
〝ほかの人と関係を持っている人と将来を考えられるはずがない〟と言えば、よほど自分勝手でない限り、それ以上の言い訳は思い浮かばないだろう。
最初はスナックに向かう度に衣織がいたらどうしようと思っていたが、そのドキドキも最近はない。
連絡が来ることもない。
「あ、美来さん」
無意識というのはすごい。
美来は実柚里にそう言われて我に返った。
気づけばスナックみさのドアを開けていた。
「これ、一緒にやろ!」
明るい声で名前を呼んでくれる実柚里は、手元のビニール袋を鬼の首の様にかかげる。
何もかも、想像通りで。
やっぱり、と思わず笑顔になった。
「花火!」
興味なさげなハルの隣に座る実柚里の持つビニール袋には、先ほどのコンビニで買ったであろう花火が詰め込まれている。
「うん、しよう」
本当にこの子は想像通りだなと思った美来は、カウンターの背の高い椅子に座りながら言う。
「せっかくだし、衣織も呼ぶか」
〝衣織〟という言葉に思わず肩を浮かす美来には気付かずに、実柚里はすぐさまスマホを耳に当てていた。
最近の子はこんなにスマホの操作が早いのかと驚愕する美来をよそに、実柚里は「あ、もしもし?」と話をし出す。
衣織と電話が繋がったのだと認識した途端、緊張で身体がこわばった。
どうして緊張する必要があるのだと自分自身に問いかけて、それから言い聞かせて見るものの、大して効果はない。
二人で会うにしても気まずいのに、二人プラス誰かで一緒にいるなんて、気まずさが際立つに違いない。
どうしよう、どうしたらいい。
今日はたまたま用事があって、みたいなことにならないかな。
もしくは、この前の状況を察して遠慮してくれないかな。
まあ、いろいろなことを考えてみても、
実柚里が電話をかけている時点で自分の入り込む隙は一ミリもないのだが。
「はいはーい」
実柚里はそれはそれはあっさりと電話を切る。
「衣織来られないんだってー」
言葉に反して、大して残念そうにない実柚里。
心底安堵した美来は、思わず目を閉じてゆっくりと息を吐いた。
「そうなんだ」
「……なんで美来さんそんなに嬉しそうなの?」
しまった、実柚里に不審に思われた。と思った瞬間、自分の顔がこわばるのが分かった。
「まさか、喧嘩したとか?」
なぜ実柚里は目を輝かせているのだろう。
「別に喧嘩なんてしてないよ」
「え~、なんだ。衣織と美来さんの喧嘩とか、想像できなくてちょっと興味あったのに」
心底残念そうに言う実柚里に現状を話して聞かせるとどんな反応をするのだろう。
互いに想像ができずに興味があるのはお互い様の様だ。
「仕方ない。じゃ、花火はまた今度にするか」
え、まじ? という感情はおそらく全て顔に出ていたと思う。
実柚里の視線がバッグにしまうスマホに向いていたのが幸いだった。
今日行こうよ。今行こうよ。
どうして衣織がいないとダメなの? もしかして、実柚里はまだ衣織が好きとか。
いろんなことが頭を回ったが、おそらく単純に人数がいた方が盛り上がるという陽キャらしい実柚里の結論なのだろう。
「四人で行こうよ。桜の時みたいに」
「いかね、」
「またご馳走するね」
ハルの言葉を想像していた強者実柚里は、綺麗に彼の声をさえぎる。
満更でもない顔をして黙っているハルは実柚里に丸め込まれたに違いない。
もし近日四人で花火をするとして、衣織がどんな態度で自分と関わるのか、全く分からなかった。
いつも通りと言われればいつも通りな気がするし、少し遠慮があると言えばあるような態度をとるような気もする。
せめて花火をするときくらいは普通にできたらいいが。
まあ、あれから一度もあってないのだから、想像も確認のしようもないのだが。
もう衣織は、連絡をくれないのかな。と無意識に思う辺りがどうかしていると思う。
「あ」
ぽつりと浮かぶハルの声で、美来と実柚里はハルに視線を移した。
「どうしたの、ハルさん」
「金、ないんだった」
実柚里の質問にぼそりと呟くハル。
「は?」
美来は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「ちょっと回収してくるわ」
「……回収ってなに?」
美来は不審すぎる言葉を言い残して去ろうとするハルの肩に手を置いた。
この男はもともとまともな大人ではないが、とうとう裏社会にでも足を突っ込んだのではなかろうか。
「知り合いに金貸してて今日返してもらう約束だったの、忘れてたんだよ」
よかった。裏社会に片足を突っ込んだのではないらしい。
「いい大人同士が何やってんの?」
「大人にもいろいろ種類があんだよ」
「よく人に貸せるくらいお金持ってたね」
「パチンコで勝った」
自分で働いて得たお金じゃなくてあぶく銭かよと思った美来だったが、その男はお金のないハルから金を借りるのだから相当困っていたのだろうと察する。
ハルは美妙子に一言言ってスナックを出た。
美来と実柚里が座っているカウンターに訪れる沈黙。
後ろのテーブルでは楽しそうな声が聞こえてくる。
「ハルさん、大丈夫かな」
「なんで? 何か変な所あった?」
「うん。絶対、なんか変だった」
嘘。全然わからない。
しかし実柚里にはハルが変だったことに確信があるらしい。
大丈夫だよ~ハルなんだから~と茶化そうかとも思ったが、実柚里があまりに思いつめた様子で心配そうな顔をするから、不謹慎に思えて口をつぐんだ。
「私、ちょっと見てくる」
「ああ、ちょっと……!」
そういって実柚里は、小走りでかけていく。
放っておくわけにもいかず、美来は美妙子に一言伝えてスナックを出て、実柚里を追いかけた。