ダメな大人の見本的な人生
60:夏が来る
なじみのコンビニの前で、緊張に包まれている。
包まれていると言っても、ハルはなんて事のない顔をしているので、おそらく緊張に包まれているのは自分だけだ。
昨日、実柚里とハルが連絡を取っていて今日花火をすることになったという事実は分かったが、そこに衣織が来るのかという一番肝心な事は分からず仕舞いだった。
もし衣織が来るのなら、どんな顔で会えばいいのか。
「楽しみだね」
「別に」
緊張の色が混じった美来の言葉を、ハルは一言で撃ち落とす。
「今日、衣織くんも来るのかな」
「知らねーよ」
堪忍袋の緒が切れて、美来は八つ当たりかもしれないと勘付きながらも隣に立つハルに向かって口を開いた。
「アンタさ、ちょっとは会話しようって気にならないわけ?」
「何だよ会話って」
「人が話ふってんのに、どんな神経してたらそんな冷たい態度取れるの?」
「だって知らねーもん」
しかしハルは基本的に〝自分は悪くない〟スタイル。
だからこれ以上何を言っても考え方を変えることはなさそうだ。
別に女子みたいに全力共感して〝そうだよね〟〝緊張するよね〟と言ってほしい訳ではない。
ただ気を紛らわすための一般的な会話くらいは付き合っても罰は当たらないはずだ。
衣織は来るのだろうか。
そう思いながら美来は胸に手を当てた。
しかし、緊張は緩む予感は全くしなかった。
「あのさ」
「おー」
「あれから、実柚里ちゃんとどう?」
「どうって、別になにも」
ハルはいつも通り、テキトーで平坦な様子で言う。
本当にこの男は感情が平すぎて、よく分からない。
「実柚里ちゃんへの気持ち、どうするつもりなの?」
「……別にポッと出てきた気持ちに、どうするとかなくね?」
ハルは少し考えた様子だったが、すぐにあっさりとした返事をする。
冷め過ぎじゃないか。
一体ハルの人生に恋愛が何の悪さをしでかしたというのだろう。
しかし、このちゃらんぽらんでもさすがに彼女ゼロという事はないだろう。
過去にハルと付き合った女性がどんな人かはすごく興味があるし、最終的にハルが選ぶ人がいるなら見てみたい気もする。
そうは言っても、ハルは前々から恋愛や結婚には適性がないとはっきり自分でわかっているので、そんな日は来ないのかもしれないが。
「ごめんごめん、おまたせ!」
実柚里は花火が飛び出した大きなバッグを肩にかけて、厚底のブーツで器用にかけてくる。
「衣織、来られないっぽい。仕方ないから、花火は三人だね」
実柚里の思わぬ言葉に、美来は心の奥底でガッツポーズをした。
安心だ。これでもう、本当に一安心。
よかった。気まずい思いをしなくていい事だけは確定した。
三人でコンビニの中に入ると、ハルと実柚里は早速総菜コーナーへと移動する。
「ハルさん、酒飲むの?」
「飲む」
迷いもためらいもなく、端的に、あっさりといい返事をする。
本当にこの男はどうしてこうも成長がないのだろう。
自分で〝十も年の離れたこども〟と言っていたくせに、その子どもがご馳走すると言えば、プライドも全て放り投げて全力でお世話になろうとするところは、本当にそろそろ大人としてどうにかした方がいいと思う。
美来は二人の後姿をまじまじと眺める。
実柚里は当然、いつも通り。
しかしハルも、当然のようにいつも通りで。
もしかすると実柚里への気持ちが芽生えたあの瞬間の出来事は、自分が酔っていて作り上げた偶像なのではとすら疑うレベルで、何一つとして変わらない。
しかし、ハルの事を考えてもどうせわかるはずもないので、美来はテキトーに酒とお菓子を買ってレジに並んだ。
ハルは相変わらず、遠慮する様子もなく持っているカゴに好きなものをポイポイと放り込んでいる。
本当にどういう人生を送ったらこれほど遠慮というものが抜け落ちた人間になるのだろう。
美来はそう思いながら会計を済ませた。
そして思った。
もしかして、二人の邪魔になっているのでは。
二人きりで花火をした方が気分も盛り上がるのでは。
もしかすると二人きりになった事で急に距離が縮まって、二人の人生が交わるなんてことになってしまったりして。
一瞬、脳内がお花畑になり始めた美来だったが、ハルはそんな気を回すことは心底嫌いそうだし、実柚里にも全くそんな気はなさそうなので、黙ってついて行くことにした。
実柚里とハルは良くも悪くもいつも通り。平坦な口調で会話をする。
話していて楽しいのかと思うが、おそらくハルからすると相当気が合っているのだろう。
ハルは実柚里に自分から話を振ることも結構ある。ハルが自分から他人に話を振るなんて、めったにない事だ。
海には強い風が吹いていた。
月が大きくて、案外明かりがなくても周りが見える。
スマホのライトを頼りながら、実柚里はテキパキと準備を始めた。
最初はハルも花火を出したりと手伝っていたが、気付けば砂浜に座って実柚里に買ってもらった食べ物を食べ始めていた。
この男はどうしてこうあるのだろうと、もう何度思ったかわからない事をまた思った。
しかし、実柚里は相変わらず全く気にしていないらしい。
「ね、実柚里ちゃんさ」
「なに?」
「私、ずーっと疑問に思ってる事あるんだけど」
「うん」
実柚里は花火の準備をしながら、不思議そうな様子で美来を見た。
「アレ、腹立たないの?」
美来は大きな口で食事を頬張るハルを顎で指した。
「全然気にならないけど……」
「何もやらないじゃん、アイツ」
「手伝ってほしいときはお願いするし、意外とやってくれるし」
人間の考え方の明確な違いを思い知らされて、そして考え方ひとつで心はここまで平穏になるのだと心底関心する。
「私には私のやり方があるからさ、変に手と口出されるよりは、放っておいてほしいから。だから私、結構ハルさん好き」
〝ハルさん好き〟
という言葉が美来の心の中で反響する。
「私と合ってるのかもね。だけど、美来さんとハルさんは合わなさそう」
そして実柚里は、何の気もない様子でそういう。
「その通り。私たちは絶対に合わない」
「だよね。美来さん意外とかまってちゃんだし、ハルさんは典型的な男脳だし」
なんだか凄くストレートな悪口を言われた様な気がするが、自分とハルは合わない事は前々から確定している事実だ。
〝相性〟というものはこういう考え方から生まれるのかと勉強になった。
「よしできた」
実柚里は花火を全てバラし終わると、ハルの方に大きく手を振った。
「ハルさんできたよー。はやくー」
「俺はいいって別に」
「ご飯ご馳走してるんだから、少しくらいはやってよ」
実柚里がそう言うと、ハルはしぶしぶと言った様子で動き出す。
実柚里は本当にハルの扱い方がうまい。
もしも自分だったら。
絶対にご飯をご馳走してまでこんなヤツを呼ばないし、花火を手伝わなかった時点でキレている自信がある。
そしてハルもキレてお開きになるのだろう。
短気は損気とはよく言ったものだ。
久しぶりの花火に、コンビニで買ったターボライターで火をつけた。
「わあ!! すごい! これ緑だ!」
「私の赤!」
緑の光を見せる様に花火を移動させると、同じタイミングで実柚里も美来の方へと振り返った。
ハルはというと、特に興味もなさげにしゃがみこんで手に持っている花火の火を見ていた。
「綺麗だね」
「うん。夏がくるーって感じするね」
〝夏がくる〟
確かにそうだ。花火ができる季節なんて、一年の内そう長くもないのかと思うと、随分と季節というものを肌で感じていなかったことを思い知る。
実柚里も衣織も。
季節や昔の出来事を肌で感じさせて、思い出させてくれる。
やっぱり何事も面倒だと最初から決めつけないで、積極的に楽しんでやるべきだ。
「ごめん」
聞きなれている様で、最近聞いていなかった声に、美来の思考が止まった。
「遅くなった」
美来が振り返ると、そこには今日は来られなくなったはずの衣織がいた。
包まれていると言っても、ハルはなんて事のない顔をしているので、おそらく緊張に包まれているのは自分だけだ。
昨日、実柚里とハルが連絡を取っていて今日花火をすることになったという事実は分かったが、そこに衣織が来るのかという一番肝心な事は分からず仕舞いだった。
もし衣織が来るのなら、どんな顔で会えばいいのか。
「楽しみだね」
「別に」
緊張の色が混じった美来の言葉を、ハルは一言で撃ち落とす。
「今日、衣織くんも来るのかな」
「知らねーよ」
堪忍袋の緒が切れて、美来は八つ当たりかもしれないと勘付きながらも隣に立つハルに向かって口を開いた。
「アンタさ、ちょっとは会話しようって気にならないわけ?」
「何だよ会話って」
「人が話ふってんのに、どんな神経してたらそんな冷たい態度取れるの?」
「だって知らねーもん」
しかしハルは基本的に〝自分は悪くない〟スタイル。
だからこれ以上何を言っても考え方を変えることはなさそうだ。
別に女子みたいに全力共感して〝そうだよね〟〝緊張するよね〟と言ってほしい訳ではない。
ただ気を紛らわすための一般的な会話くらいは付き合っても罰は当たらないはずだ。
衣織は来るのだろうか。
そう思いながら美来は胸に手を当てた。
しかし、緊張は緩む予感は全くしなかった。
「あのさ」
「おー」
「あれから、実柚里ちゃんとどう?」
「どうって、別になにも」
ハルはいつも通り、テキトーで平坦な様子で言う。
本当にこの男は感情が平すぎて、よく分からない。
「実柚里ちゃんへの気持ち、どうするつもりなの?」
「……別にポッと出てきた気持ちに、どうするとかなくね?」
ハルは少し考えた様子だったが、すぐにあっさりとした返事をする。
冷め過ぎじゃないか。
一体ハルの人生に恋愛が何の悪さをしでかしたというのだろう。
しかし、このちゃらんぽらんでもさすがに彼女ゼロという事はないだろう。
過去にハルと付き合った女性がどんな人かはすごく興味があるし、最終的にハルが選ぶ人がいるなら見てみたい気もする。
そうは言っても、ハルは前々から恋愛や結婚には適性がないとはっきり自分でわかっているので、そんな日は来ないのかもしれないが。
「ごめんごめん、おまたせ!」
実柚里は花火が飛び出した大きなバッグを肩にかけて、厚底のブーツで器用にかけてくる。
「衣織、来られないっぽい。仕方ないから、花火は三人だね」
実柚里の思わぬ言葉に、美来は心の奥底でガッツポーズをした。
安心だ。これでもう、本当に一安心。
よかった。気まずい思いをしなくていい事だけは確定した。
三人でコンビニの中に入ると、ハルと実柚里は早速総菜コーナーへと移動する。
「ハルさん、酒飲むの?」
「飲む」
迷いもためらいもなく、端的に、あっさりといい返事をする。
本当にこの男はどうしてこうも成長がないのだろう。
自分で〝十も年の離れたこども〟と言っていたくせに、その子どもがご馳走すると言えば、プライドも全て放り投げて全力でお世話になろうとするところは、本当にそろそろ大人としてどうにかした方がいいと思う。
美来は二人の後姿をまじまじと眺める。
実柚里は当然、いつも通り。
しかしハルも、当然のようにいつも通りで。
もしかすると実柚里への気持ちが芽生えたあの瞬間の出来事は、自分が酔っていて作り上げた偶像なのではとすら疑うレベルで、何一つとして変わらない。
しかし、ハルの事を考えてもどうせわかるはずもないので、美来はテキトーに酒とお菓子を買ってレジに並んだ。
ハルは相変わらず、遠慮する様子もなく持っているカゴに好きなものをポイポイと放り込んでいる。
本当にどういう人生を送ったらこれほど遠慮というものが抜け落ちた人間になるのだろう。
美来はそう思いながら会計を済ませた。
そして思った。
もしかして、二人の邪魔になっているのでは。
二人きりで花火をした方が気分も盛り上がるのでは。
もしかすると二人きりになった事で急に距離が縮まって、二人の人生が交わるなんてことになってしまったりして。
一瞬、脳内がお花畑になり始めた美来だったが、ハルはそんな気を回すことは心底嫌いそうだし、実柚里にも全くそんな気はなさそうなので、黙ってついて行くことにした。
実柚里とハルは良くも悪くもいつも通り。平坦な口調で会話をする。
話していて楽しいのかと思うが、おそらくハルからすると相当気が合っているのだろう。
ハルは実柚里に自分から話を振ることも結構ある。ハルが自分から他人に話を振るなんて、めったにない事だ。
海には強い風が吹いていた。
月が大きくて、案外明かりがなくても周りが見える。
スマホのライトを頼りながら、実柚里はテキパキと準備を始めた。
最初はハルも花火を出したりと手伝っていたが、気付けば砂浜に座って実柚里に買ってもらった食べ物を食べ始めていた。
この男はどうしてこうあるのだろうと、もう何度思ったかわからない事をまた思った。
しかし、実柚里は相変わらず全く気にしていないらしい。
「ね、実柚里ちゃんさ」
「なに?」
「私、ずーっと疑問に思ってる事あるんだけど」
「うん」
実柚里は花火の準備をしながら、不思議そうな様子で美来を見た。
「アレ、腹立たないの?」
美来は大きな口で食事を頬張るハルを顎で指した。
「全然気にならないけど……」
「何もやらないじゃん、アイツ」
「手伝ってほしいときはお願いするし、意外とやってくれるし」
人間の考え方の明確な違いを思い知らされて、そして考え方ひとつで心はここまで平穏になるのだと心底関心する。
「私には私のやり方があるからさ、変に手と口出されるよりは、放っておいてほしいから。だから私、結構ハルさん好き」
〝ハルさん好き〟
という言葉が美来の心の中で反響する。
「私と合ってるのかもね。だけど、美来さんとハルさんは合わなさそう」
そして実柚里は、何の気もない様子でそういう。
「その通り。私たちは絶対に合わない」
「だよね。美来さん意外とかまってちゃんだし、ハルさんは典型的な男脳だし」
なんだか凄くストレートな悪口を言われた様な気がするが、自分とハルは合わない事は前々から確定している事実だ。
〝相性〟というものはこういう考え方から生まれるのかと勉強になった。
「よしできた」
実柚里は花火を全てバラし終わると、ハルの方に大きく手を振った。
「ハルさんできたよー。はやくー」
「俺はいいって別に」
「ご飯ご馳走してるんだから、少しくらいはやってよ」
実柚里がそう言うと、ハルはしぶしぶと言った様子で動き出す。
実柚里は本当にハルの扱い方がうまい。
もしも自分だったら。
絶対にご飯をご馳走してまでこんなヤツを呼ばないし、花火を手伝わなかった時点でキレている自信がある。
そしてハルもキレてお開きになるのだろう。
短気は損気とはよく言ったものだ。
久しぶりの花火に、コンビニで買ったターボライターで火をつけた。
「わあ!! すごい! これ緑だ!」
「私の赤!」
緑の光を見せる様に花火を移動させると、同じタイミングで実柚里も美来の方へと振り返った。
ハルはというと、特に興味もなさげにしゃがみこんで手に持っている花火の火を見ていた。
「綺麗だね」
「うん。夏がくるーって感じするね」
〝夏がくる〟
確かにそうだ。花火ができる季節なんて、一年の内そう長くもないのかと思うと、随分と季節というものを肌で感じていなかったことを思い知る。
実柚里も衣織も。
季節や昔の出来事を肌で感じさせて、思い出させてくれる。
やっぱり何事も面倒だと最初から決めつけないで、積極的に楽しんでやるべきだ。
「ごめん」
聞きなれている様で、最近聞いていなかった声に、美来の思考が止まった。
「遅くなった」
美来が振り返ると、そこには今日は来られなくなったはずの衣織がいた。