ダメな大人の見本的な人生
64:飼ってもいい
スナックみさには、美来と実柚里と美妙子の女三人だけ。
「ハルさん、全然来ないねー」
実柚里は〝つまんない〟とでも言いたげに、美来にそういう。
ハルは旅行に行くために本格的にお金を貯め始めた。
お金を本当に貯め始めると、ハルはスナックに来なくなる。
常連にとってハルの集中モードは分かり切った事だが、実柚里にとっては初めての経験でどうやら戸惑っているらしい。
ハルはいい風に言えばやるときはやる。
かなりはっきりしているから、わかりやすい。
つまり旅行に行く、と言えば息抜きなんかも捨てて集中することが出来る。
おそらくその期間、酒やギャンブルをやめているのだと思う。
絶対に本人には言わないが、美来はハルの自分を律する事ができる所を尊敬していた。
誰にでもできる事じゃない。
少なくとも自分には出来ないと分かっているから、余計にハルを凄いと思うのだ。
「美来さんってさー」
実柚里の言葉に、美来は身を固くした。
また衣織の話か。この子には前科がある。
衣織の事をツッコまれたらどうしよう。
「ハルさんの事、いいなって思わないの?」
「思わない」
頭を働かせるよりも前に、口が反応する。
本当にハルに対して異性としてのときめきとかそんなものはないのだと再確認するばかりだ。
「そっか」
実柚里はそう呟いて黙った。
「そこまではっきり〝ない!〟って言える関係もそうないんじゃない?」
「いやいや。ないよ。私、こんなに性格合ってないって冷静に思うの初めてだもん」
美来の断定する言葉を聞いて、美妙子は笑っている。
実柚里は黙っている。
おそらく自分の中で解消しようとしているのだと思う。
問いかけられるのを待っているわけではないのだろうとは思いながらも、美来は口を開いた。
「どうしてそんな事が気なるの?」
「……私この前さ、美来さんにハルさんとは合わなさそうって言っちゃったからさ。もし美来さんがいいなって思ってるんだったら、酷い事言ったかなーって」
実柚里は珍しく、ししょげている感じがした。
「……って言うの、全部建前」
しかし実柚里は少し考えるそぶりを見せてからテーブル席に頭を打ち付けた。
「美来さんとハルさんの本当の関係が気になっただけ」
「私とハルの関係なんて、見てるまんまだよ」
「……なんか私、ハルさんの事いいなーって思うんだよね」
「え!?」
「ええ!?」
美来と美妙子は二人で声を上げた。
わかりにくいよ。というのが率直な感想。
しかし、そうだったんだという納得が襲ってくる。
やっぱり、そうだったんだ。
「え、何がいいの……?」
「何でちょっと引いてるの?」
真顔で聞く美来に、実柚里はまじまじと美来の顔を見ながら言う。
感情が全て表に出ていて申し訳ない気持ちになった。
いや、だって、ハルじゃん。
分かるよ。いい所もある。
でも冷静に考えてみなよ。
酒は飲む、ギャンブルはする。
しがらみがないから、金があれば平気で女を買いまくって遊ぶよ。
幸か不幸か、ハルには金がない。
お金はないから〝独身貴族〟の貴族の部分は当てはまらないけど、行動とメンタルだけで言えば十二分に独身貴族だ。
そんなほぼ悪口を好きだという実柚里に直接言うのは余りに失礼という事は分かっていたので言うまいとしているが、そうなるとハルに関してアドバイスすることは何一つ出てこないという、失礼極まりない結果になりちょっと焦った。
「たしかにハルさんは酒は飲むし、ギャンブルはするし、女関係も汚そうだけど」
すばらしい。
頭に思い浮かんだすべての事を口にしてくれた。
事実が悪口って、本当にあの男はまともではないなと改めて思う。
ああよかった。
実柚里はハルに夢を見ているわけではないんだ。
「美来さん、分かりやすすぎるよ」
「いやだって。実柚里ちゃんが脳内お花畑じゃなくてよかったなって思って」
「さすがにないよ。恋愛に命かけるとかみっともないって思っちゃうし」
実柚里の言葉が、恋愛に四苦八苦している身にナイフの様にグサリと刺さる。
辛辣だ。
しかし確かに実柚里は自分の様に結婚がどうのと悩むタイプではないだろう。
きっと実柚里は、葵に似たタイプだ。
自分の人生は自分で切り開いていきますという様なタイプ。
「その歳でそこまで現実的なら安心ね」
美妙子はおそらく、実柚里が心配なのだろう。
美妙子と実柚里は親子どもほど年が離れているから、余計に気にかけているのかもしれない。
「わかってるんだよねー。ハルさんからしたら私なんて子どもだもん。相手にもされないと思う」
それは半分正解で半分不正解。
ハルはおそらく何もしないだろう。
行動でも言葉でも示すことはないと思う。
実柚里が自分の事を好きだと知ったとしても、多分何一つ行動しない。
ただ単に、時間が流れるのを待つだけ。
それ以上の行動も以下の行動もとらない。
ただ一つだけ確実なのは、実柚里から行動しなければチャンスは1パーセントすらないという事だけだ。
「ハルくんのどういう所が好きなの?」
おそらく美妙子も長年付き合ってきたハルの性格をわかった上で話をしているのだと思う。
実柚里に話しかけるその口調は、凄く優しかった。
「ハルさんって、ちゃらんぽらんしてるって思ったら、しっかりしてるじゃん」
「そうね」
「そのギャップがいいって言うか」
まあ確かにその考えは分からなくもない。
この前のスナックで、実柚里が衣織と付き合うかどうかという話をいなしてくれた時、ああいう事が出来るハルはやっぱりすごいと思ったし、今回の旅行に行くために最短でお金を貯めようとして娯楽を削れるところもそうだ。
ハルには確かにギャップがある。
それは認めざるを得ない。
「確かにね」
「根がしっかりしてるって言うか」
実柚里の言葉に、美妙子はゆっくりとうなずいている。
わかってもらえた事が嬉しかったのか、実柚里の顔には笑顔が浮かんだ。
「しっかりしてるってわかってるからさ、酒飲みすぎて吐いてるダメな所も、自分の意志でギャンブルして負けてしょげてる所も、無駄にすっごい美人のギャルが元カノそうな所も、いいなーって思うんだよね」
「止めておいたら」
美来は実柚里の言葉を聞き終えてすぐに口を出す。
前言撤回。
危険すぎる。
危険にも程がある。
ハルと実柚里は性格が合うかもと思っていたが、一周回って相性最悪かもしれないぞ。
ダメ男と、できる女は相性が悪すぎる。
ハルがヒモになる未来しか見えない。
そしてあいつは平気で寄生するぞ。
「私、ハルさんなら飼ってもいいもん」
また一周回った。
相性がいいのかもしれない。
美妙子は「飼うって?」と不思議そうにしていたが、衣織に〝飼ってもいい〟と言われたことのある美来には実柚里のいう言葉の意味が余すことなく伝わっていた。
男女の差はこのご時世、ほとんどなくなったと思っていたが、ハルと自分、男と女でこれほどまでに印象に差があるのか、と美来は自分の感性の古さを自覚した。
それから実柚里とハルを近づけるのは危険かもしれないという結論に至った。
「ハルさん、全然来ないねー」
実柚里は〝つまんない〟とでも言いたげに、美来にそういう。
ハルは旅行に行くために本格的にお金を貯め始めた。
お金を本当に貯め始めると、ハルはスナックに来なくなる。
常連にとってハルの集中モードは分かり切った事だが、実柚里にとっては初めての経験でどうやら戸惑っているらしい。
ハルはいい風に言えばやるときはやる。
かなりはっきりしているから、わかりやすい。
つまり旅行に行く、と言えば息抜きなんかも捨てて集中することが出来る。
おそらくその期間、酒やギャンブルをやめているのだと思う。
絶対に本人には言わないが、美来はハルの自分を律する事ができる所を尊敬していた。
誰にでもできる事じゃない。
少なくとも自分には出来ないと分かっているから、余計にハルを凄いと思うのだ。
「美来さんってさー」
実柚里の言葉に、美来は身を固くした。
また衣織の話か。この子には前科がある。
衣織の事をツッコまれたらどうしよう。
「ハルさんの事、いいなって思わないの?」
「思わない」
頭を働かせるよりも前に、口が反応する。
本当にハルに対して異性としてのときめきとかそんなものはないのだと再確認するばかりだ。
「そっか」
実柚里はそう呟いて黙った。
「そこまではっきり〝ない!〟って言える関係もそうないんじゃない?」
「いやいや。ないよ。私、こんなに性格合ってないって冷静に思うの初めてだもん」
美来の断定する言葉を聞いて、美妙子は笑っている。
実柚里は黙っている。
おそらく自分の中で解消しようとしているのだと思う。
問いかけられるのを待っているわけではないのだろうとは思いながらも、美来は口を開いた。
「どうしてそんな事が気なるの?」
「……私この前さ、美来さんにハルさんとは合わなさそうって言っちゃったからさ。もし美来さんがいいなって思ってるんだったら、酷い事言ったかなーって」
実柚里は珍しく、ししょげている感じがした。
「……って言うの、全部建前」
しかし実柚里は少し考えるそぶりを見せてからテーブル席に頭を打ち付けた。
「美来さんとハルさんの本当の関係が気になっただけ」
「私とハルの関係なんて、見てるまんまだよ」
「……なんか私、ハルさんの事いいなーって思うんだよね」
「え!?」
「ええ!?」
美来と美妙子は二人で声を上げた。
わかりにくいよ。というのが率直な感想。
しかし、そうだったんだという納得が襲ってくる。
やっぱり、そうだったんだ。
「え、何がいいの……?」
「何でちょっと引いてるの?」
真顔で聞く美来に、実柚里はまじまじと美来の顔を見ながら言う。
感情が全て表に出ていて申し訳ない気持ちになった。
いや、だって、ハルじゃん。
分かるよ。いい所もある。
でも冷静に考えてみなよ。
酒は飲む、ギャンブルはする。
しがらみがないから、金があれば平気で女を買いまくって遊ぶよ。
幸か不幸か、ハルには金がない。
お金はないから〝独身貴族〟の貴族の部分は当てはまらないけど、行動とメンタルだけで言えば十二分に独身貴族だ。
そんなほぼ悪口を好きだという実柚里に直接言うのは余りに失礼という事は分かっていたので言うまいとしているが、そうなるとハルに関してアドバイスすることは何一つ出てこないという、失礼極まりない結果になりちょっと焦った。
「たしかにハルさんは酒は飲むし、ギャンブルはするし、女関係も汚そうだけど」
すばらしい。
頭に思い浮かんだすべての事を口にしてくれた。
事実が悪口って、本当にあの男はまともではないなと改めて思う。
ああよかった。
実柚里はハルに夢を見ているわけではないんだ。
「美来さん、分かりやすすぎるよ」
「いやだって。実柚里ちゃんが脳内お花畑じゃなくてよかったなって思って」
「さすがにないよ。恋愛に命かけるとかみっともないって思っちゃうし」
実柚里の言葉が、恋愛に四苦八苦している身にナイフの様にグサリと刺さる。
辛辣だ。
しかし確かに実柚里は自分の様に結婚がどうのと悩むタイプではないだろう。
きっと実柚里は、葵に似たタイプだ。
自分の人生は自分で切り開いていきますという様なタイプ。
「その歳でそこまで現実的なら安心ね」
美妙子はおそらく、実柚里が心配なのだろう。
美妙子と実柚里は親子どもほど年が離れているから、余計に気にかけているのかもしれない。
「わかってるんだよねー。ハルさんからしたら私なんて子どもだもん。相手にもされないと思う」
それは半分正解で半分不正解。
ハルはおそらく何もしないだろう。
行動でも言葉でも示すことはないと思う。
実柚里が自分の事を好きだと知ったとしても、多分何一つ行動しない。
ただ単に、時間が流れるのを待つだけ。
それ以上の行動も以下の行動もとらない。
ただ一つだけ確実なのは、実柚里から行動しなければチャンスは1パーセントすらないという事だけだ。
「ハルくんのどういう所が好きなの?」
おそらく美妙子も長年付き合ってきたハルの性格をわかった上で話をしているのだと思う。
実柚里に話しかけるその口調は、凄く優しかった。
「ハルさんって、ちゃらんぽらんしてるって思ったら、しっかりしてるじゃん」
「そうね」
「そのギャップがいいって言うか」
まあ確かにその考えは分からなくもない。
この前のスナックで、実柚里が衣織と付き合うかどうかという話をいなしてくれた時、ああいう事が出来るハルはやっぱりすごいと思ったし、今回の旅行に行くために最短でお金を貯めようとして娯楽を削れるところもそうだ。
ハルには確かにギャップがある。
それは認めざるを得ない。
「確かにね」
「根がしっかりしてるって言うか」
実柚里の言葉に、美妙子はゆっくりとうなずいている。
わかってもらえた事が嬉しかったのか、実柚里の顔には笑顔が浮かんだ。
「しっかりしてるってわかってるからさ、酒飲みすぎて吐いてるダメな所も、自分の意志でギャンブルして負けてしょげてる所も、無駄にすっごい美人のギャルが元カノそうな所も、いいなーって思うんだよね」
「止めておいたら」
美来は実柚里の言葉を聞き終えてすぐに口を出す。
前言撤回。
危険すぎる。
危険にも程がある。
ハルと実柚里は性格が合うかもと思っていたが、一周回って相性最悪かもしれないぞ。
ダメ男と、できる女は相性が悪すぎる。
ハルがヒモになる未来しか見えない。
そしてあいつは平気で寄生するぞ。
「私、ハルさんなら飼ってもいいもん」
また一周回った。
相性がいいのかもしれない。
美妙子は「飼うって?」と不思議そうにしていたが、衣織に〝飼ってもいい〟と言われたことのある美来には実柚里のいう言葉の意味が余すことなく伝わっていた。
男女の差はこのご時世、ほとんどなくなったと思っていたが、ハルと自分、男と女でこれほどまでに印象に差があるのか、と美来は自分の感性の古さを自覚した。
それから実柚里とハルを近づけるのは危険かもしれないという結論に至った。