ダメな大人の見本的な人生
67:おみやげと言えば
【今日行く】
時々来る、ハルからの簡素な連絡。
本当にハルと自分は性格がとことん違うのだろうと思い知らされる。
ハルは自分がスナックにいるからと言って不必要に美来に〝今日は行く〟なんて丁寧な連絡はしない。ハルが連絡を寄越すときには、必ず何かしら理由がある。
このタイミングの連絡なら、おそらく沖縄の旅行から帰ってきたおみやげだろうと美来はあたりをつけていた。
ハルが言うなら行くか。という気持ちになって、なんだか少し悔しい。美来はいつもハルが連絡をするなら、とスナックに向かうが、ハルに関しては完全に自分の気分。無理に呼び出そうものなら奢れと言われる。
しかしおそらく今日の連絡もまるでいつもハルがする様にスタンプ一つ返して無視してスナックに行かなくても、彼は何も気にしないと思う。
〝連絡寄越しといて来ないとか、どういう神経してんの?〟とかふざけた様に言うだろうが、きっと本当に何一つ気にしていない。
やはり、ここまでいろいろとハルの事をわかっているうえで恋愛の相手としては絶対に合っていないと言い切れるのだから、珍しい関係性なのかもしれない。
スナックの入り口は、相変わらずの音を立てる。
中の客たちは、一斉にこちらを向いた。
「いらっしゃい」
美妙子の声は、やっぱり心の内側に染みる。
今日もやっと息ができる。重たい油みたいな商店街の中のスナックで。
斉藤と巽と藤ヶ谷と美妙子の四人はヘビのマークが描かれているハブ酒を手に持っていた。
「ほら、お前にはこれ。両手出して」
差し出された実柚里の手に、ハルは手のひらサイズのシーサーの置物をぽんっと置いた。
本当に、シンプルにただ、飾るだけのヤツ。光ることもなくことも鳴くこともない、落としたら一発でアウトそうなシーサーの置物。
どうしてよりにもよって沖縄のおみやげがこれなんだ、いや、これなんだけれども。沖縄と言えば。
「……これのどこがいいと思って買ったの?」
実柚里は心底不思議そうに、辛辣な言葉をおそらく無意識に言う。そしてハルはガラの悪い声で答えた。
「ああ? 見りゃわかんだろーが」
わかるわけない。
こんな直接的なおみやげ。自分はシーサーの置物貰ったら、絶対に〝食い物がよかった〟とか言い出すくせに。と美来は立場が逆転した場合の事を脳内でありありと想像が出来た。
「顔!」
そしてドヤ顔でそういう。本当に大人としてどうなのだろう。
反面教師、という言葉がこれほど似合う事はないと思う。私は絶対にこんな風にだけはなるのはやめようと美来は誓っていた。
実柚里はそう言われて初めて、ハルから貰ったシーサーの顔をまじまじと眺める。
「まあ確かに、なんか可愛いけど」
「文句あんなら返せ」
「ないよ、ないない!」
本当に取り上げようとするハルから守る様に、実柚里はシーサーを胸元に引き寄せた。
「ありがと、ハルさん」
「最初からそうやって素直に受け取っときゃいーんだよ」
そしていつもの様に笑う実柚里にいつも通りのハル。
ねえ、二人は両想いなんだよね? どうしてそんなに全くもっていつも通りなの。という疑問が美来には尽きなかった。
「お前もこれ」
お前〝も〟という言葉で想定はしていた。ハルが持っているのはハブ酒。
だよね、知ってた。ハルは一人ひとりの喜ぶものを、なんて気の利くヤツではない。人数分さっさとカゴの中に入れている様子が目に浮かぶ。
しかし自分の為に買ってきてくれたものなのでありがたく頂こうと思っていた美来は「わざわざありがとう」と言ってそれを受け取った。
大人は全員、ハブ酒を興味津々で見ている。
「ハブ酒っておいしいの?」
「うん。結構飲みやすいよ」
美来の疑問に、藤ヶ谷がすぐに答える。
ハブ酒を飲んだことのある藤ヶ谷以外の全員は、〝でも蛇が漬かっていた酒〟という印象が抜けきれない。
「一本だけ開けて飲んでみようか」
斉藤の提案で、とりあえず一本だけ開けて飲んでみる事になった。
美来は喜んで自分の一本を差し出す。
「で。衣織、来んの?」
危うく酒のビンを落とすところだった。ギリギリのところでキャッチして、何事もなかったかのように蓋を開けた。
「うん。来るよ」
急に聞く、衣織という言葉を冷静に咀嚼してみても、やはり気持ちが騒騒しい。
実柚里に問いかけておいて、返事をもらうと「ふーん」とどこか興味なさげに言う。
何の気もない様子を装って、美妙子が持ってきてくれた小さなグラスに数口分のハブ酒を注ぐ。
その途端、入口のベルが鳴った。
「おお、来た来た」
覚悟はしていた。そこには衣織がいて、ハルは歓迎もしていない大した感情もない平坦な口調でそう言う。
「ハルさん、用ってなに?」
衣織はいつもより少し早く短く言う。
もしかしたら急いでいるのだろうか。そう思って衣織を見ていたが、彼は視界にに美来を捉えると、先ほどの様子なんてないみたいに柔らかい顔で笑った。
「あ、美来さんがいる」
「沖縄旅行のみやげ」
ハルはそういって親指と人差し指で挟んでキーホルダーを自信満々に衣織に差し出した。
衣織は美来からハルに視線を移すまでに完全に柔らかい笑顔を消し去っている。
衣織の視線の先には、小さなハブと、〝沖縄〟という文字が入ったキーホルダー。
全財産を賭けてもいい。
ハルは絶対に衣織に渡す分のおみやげを忘れていたのだ。そしてギリギリになって思い出し、セーフとばかりに空港で買ったに違いない。
そうでなければ絶対に実柚里と同じものになっているはずだ。
それにしても、もっと他にあっただろう。
どうして18歳の男の子にこのストラップをプレゼントしようという気になったのか。
本当にハルという男はどんな人生を歩んだのだろうと美来はあきれ果てていたが、他人から他人に渡すプレゼントに口を出すのはあまりも……。という大人の距離感はしっかりとわきまえていたので、何も言わずに現場を見守っていた。
しかし実柚里は「うわ……」と正直が口から出ていた。
「うん、ありがとう」
衣織は見事に上辺をなぞる言葉を言って、さっさとストラップを受け取ると大して見る事もなくポケットにしまった。
「おい、ちゃんと見ろや」
「ハブでしょ。見たよ」
「まじまじ見ろよ。んで、感謝しろって言ってんの」
「だから、ありがとうって言ったじゃん。耳遠いの?」
ハルにはしっかりと辛辣な衣織は笑顔を張り付けている。
「しゃーねーな。気に入らないみたいだからこっちもやるよ」
ハルはもったいぶった様子を見せて、袋から何かを取り出す。
なんだ、からかっただけかと思ったのもつかの間。今度はハブのゆるいイラストが描かれた靴下を差し出した。間抜けに開けられた口から舌が覗いている。
どんだけハブ推しなんだよ。そしてストラップに負けず劣らずダサい。でもちょっとかわいいか、となる不思議な靴下。
もういっそのこと自分にセンスがない事を認めて、よく見るお菓子とか消え物の間違いのないやつを買ってきたらいいのに。
しかし衣織は、ハルの手に握られているゆるいハブの書かれた靴下をまじまじと見て、それからさっさと歩み寄ってその靴下を受け取った。
「いいじゃん、そのヘビ」
「ハブな」
実柚里にすぐさまハルがツッコむ。
どんな気持ちで受け取っているのだろうと思って衣織の顔を盗み見たが、意外にもほんの少し嬉しそうな顔をしていた。
ストラップは気に入らないのに、ゆるい靴下はいいの?
美来は一気に、衣織という男が分からなくなった。
「ありがと。じゃあ、また。美来さん、またね」
本当に急いでいる様で、衣織は踵を返す。
もしかして葵と会う約束をしているのかな、と思って衣織の背中を見ていると、衣織は急に振り返った。
「ハルさん、ちゃんと美来さんの事送ってあげてよ」
「ガキじゃねーんだから、」
「バイバイ」
ハルの言葉を遮って、衣織はさっさと帰っていく。
「じゃ、飲んでみようか」
忘れていた。
ミッション、ハブ酒を飲む、が残っていたんだった。
時々来る、ハルからの簡素な連絡。
本当にハルと自分は性格がとことん違うのだろうと思い知らされる。
ハルは自分がスナックにいるからと言って不必要に美来に〝今日は行く〟なんて丁寧な連絡はしない。ハルが連絡を寄越すときには、必ず何かしら理由がある。
このタイミングの連絡なら、おそらく沖縄の旅行から帰ってきたおみやげだろうと美来はあたりをつけていた。
ハルが言うなら行くか。という気持ちになって、なんだか少し悔しい。美来はいつもハルが連絡をするなら、とスナックに向かうが、ハルに関しては完全に自分の気分。無理に呼び出そうものなら奢れと言われる。
しかしおそらく今日の連絡もまるでいつもハルがする様にスタンプ一つ返して無視してスナックに行かなくても、彼は何も気にしないと思う。
〝連絡寄越しといて来ないとか、どういう神経してんの?〟とかふざけた様に言うだろうが、きっと本当に何一つ気にしていない。
やはり、ここまでいろいろとハルの事をわかっているうえで恋愛の相手としては絶対に合っていないと言い切れるのだから、珍しい関係性なのかもしれない。
スナックの入り口は、相変わらずの音を立てる。
中の客たちは、一斉にこちらを向いた。
「いらっしゃい」
美妙子の声は、やっぱり心の内側に染みる。
今日もやっと息ができる。重たい油みたいな商店街の中のスナックで。
斉藤と巽と藤ヶ谷と美妙子の四人はヘビのマークが描かれているハブ酒を手に持っていた。
「ほら、お前にはこれ。両手出して」
差し出された実柚里の手に、ハルは手のひらサイズのシーサーの置物をぽんっと置いた。
本当に、シンプルにただ、飾るだけのヤツ。光ることもなくことも鳴くこともない、落としたら一発でアウトそうなシーサーの置物。
どうしてよりにもよって沖縄のおみやげがこれなんだ、いや、これなんだけれども。沖縄と言えば。
「……これのどこがいいと思って買ったの?」
実柚里は心底不思議そうに、辛辣な言葉をおそらく無意識に言う。そしてハルはガラの悪い声で答えた。
「ああ? 見りゃわかんだろーが」
わかるわけない。
こんな直接的なおみやげ。自分はシーサーの置物貰ったら、絶対に〝食い物がよかった〟とか言い出すくせに。と美来は立場が逆転した場合の事を脳内でありありと想像が出来た。
「顔!」
そしてドヤ顔でそういう。本当に大人としてどうなのだろう。
反面教師、という言葉がこれほど似合う事はないと思う。私は絶対にこんな風にだけはなるのはやめようと美来は誓っていた。
実柚里はそう言われて初めて、ハルから貰ったシーサーの顔をまじまじと眺める。
「まあ確かに、なんか可愛いけど」
「文句あんなら返せ」
「ないよ、ないない!」
本当に取り上げようとするハルから守る様に、実柚里はシーサーを胸元に引き寄せた。
「ありがと、ハルさん」
「最初からそうやって素直に受け取っときゃいーんだよ」
そしていつもの様に笑う実柚里にいつも通りのハル。
ねえ、二人は両想いなんだよね? どうしてそんなに全くもっていつも通りなの。という疑問が美来には尽きなかった。
「お前もこれ」
お前〝も〟という言葉で想定はしていた。ハルが持っているのはハブ酒。
だよね、知ってた。ハルは一人ひとりの喜ぶものを、なんて気の利くヤツではない。人数分さっさとカゴの中に入れている様子が目に浮かぶ。
しかし自分の為に買ってきてくれたものなのでありがたく頂こうと思っていた美来は「わざわざありがとう」と言ってそれを受け取った。
大人は全員、ハブ酒を興味津々で見ている。
「ハブ酒っておいしいの?」
「うん。結構飲みやすいよ」
美来の疑問に、藤ヶ谷がすぐに答える。
ハブ酒を飲んだことのある藤ヶ谷以外の全員は、〝でも蛇が漬かっていた酒〟という印象が抜けきれない。
「一本だけ開けて飲んでみようか」
斉藤の提案で、とりあえず一本だけ開けて飲んでみる事になった。
美来は喜んで自分の一本を差し出す。
「で。衣織、来んの?」
危うく酒のビンを落とすところだった。ギリギリのところでキャッチして、何事もなかったかのように蓋を開けた。
「うん。来るよ」
急に聞く、衣織という言葉を冷静に咀嚼してみても、やはり気持ちが騒騒しい。
実柚里に問いかけておいて、返事をもらうと「ふーん」とどこか興味なさげに言う。
何の気もない様子を装って、美妙子が持ってきてくれた小さなグラスに数口分のハブ酒を注ぐ。
その途端、入口のベルが鳴った。
「おお、来た来た」
覚悟はしていた。そこには衣織がいて、ハルは歓迎もしていない大した感情もない平坦な口調でそう言う。
「ハルさん、用ってなに?」
衣織はいつもより少し早く短く言う。
もしかしたら急いでいるのだろうか。そう思って衣織を見ていたが、彼は視界にに美来を捉えると、先ほどの様子なんてないみたいに柔らかい顔で笑った。
「あ、美来さんがいる」
「沖縄旅行のみやげ」
ハルはそういって親指と人差し指で挟んでキーホルダーを自信満々に衣織に差し出した。
衣織は美来からハルに視線を移すまでに完全に柔らかい笑顔を消し去っている。
衣織の視線の先には、小さなハブと、〝沖縄〟という文字が入ったキーホルダー。
全財産を賭けてもいい。
ハルは絶対に衣織に渡す分のおみやげを忘れていたのだ。そしてギリギリになって思い出し、セーフとばかりに空港で買ったに違いない。
そうでなければ絶対に実柚里と同じものになっているはずだ。
それにしても、もっと他にあっただろう。
どうして18歳の男の子にこのストラップをプレゼントしようという気になったのか。
本当にハルという男はどんな人生を歩んだのだろうと美来はあきれ果てていたが、他人から他人に渡すプレゼントに口を出すのはあまりも……。という大人の距離感はしっかりとわきまえていたので、何も言わずに現場を見守っていた。
しかし実柚里は「うわ……」と正直が口から出ていた。
「うん、ありがとう」
衣織は見事に上辺をなぞる言葉を言って、さっさとストラップを受け取ると大して見る事もなくポケットにしまった。
「おい、ちゃんと見ろや」
「ハブでしょ。見たよ」
「まじまじ見ろよ。んで、感謝しろって言ってんの」
「だから、ありがとうって言ったじゃん。耳遠いの?」
ハルにはしっかりと辛辣な衣織は笑顔を張り付けている。
「しゃーねーな。気に入らないみたいだからこっちもやるよ」
ハルはもったいぶった様子を見せて、袋から何かを取り出す。
なんだ、からかっただけかと思ったのもつかの間。今度はハブのゆるいイラストが描かれた靴下を差し出した。間抜けに開けられた口から舌が覗いている。
どんだけハブ推しなんだよ。そしてストラップに負けず劣らずダサい。でもちょっとかわいいか、となる不思議な靴下。
もういっそのこと自分にセンスがない事を認めて、よく見るお菓子とか消え物の間違いのないやつを買ってきたらいいのに。
しかし衣織は、ハルの手に握られているゆるいハブの書かれた靴下をまじまじと見て、それからさっさと歩み寄ってその靴下を受け取った。
「いいじゃん、そのヘビ」
「ハブな」
実柚里にすぐさまハルがツッコむ。
どんな気持ちで受け取っているのだろうと思って衣織の顔を盗み見たが、意外にもほんの少し嬉しそうな顔をしていた。
ストラップは気に入らないのに、ゆるい靴下はいいの?
美来は一気に、衣織という男が分からなくなった。
「ありがと。じゃあ、また。美来さん、またね」
本当に急いでいる様で、衣織は踵を返す。
もしかして葵と会う約束をしているのかな、と思って衣織の背中を見ていると、衣織は急に振り返った。
「ハルさん、ちゃんと美来さんの事送ってあげてよ」
「ガキじゃねーんだから、」
「バイバイ」
ハルの言葉を遮って、衣織はさっさと帰っていく。
「じゃ、飲んでみようか」
忘れていた。
ミッション、ハブ酒を飲む、が残っていたんだった。