ダメな大人の見本的な人生

73:ハロウィンパーティー

 今年のハロウィンも残念ながら平日に挟まれている。
 せめて明日が休日ならもう少し羽目を外して酒を飲めるのにと、誰に言ってもどうにもならない愚痴を抱えながら、美来は仕事を定時で切り上げて急いでスナックみさに向かっていた。

「あ、やっと来た! 美来さん!」

 実柚里はドアのベルが鳴った瞬間に振り向いて、満面の笑みで美来を迎え入れる。

「美来ちゃん、カギしめておいてくれる?」

 美妙子に言われた通りカギをしめて改めて実柚里を見る。やはり、満面の笑みだ。もしかすると本当にとんでもないコスプレを買ってきたのではないかと疑った美来は実柚里の真意を探るべく、じっと彼女の顔を見つめた。

「何その警戒した顔」
「いや、だって……」
「ちゃんとしたやつ買ってきたよ! ほら!!」

 実柚里が自信満々に差し出したのは制服一式。スカートと白いブラウスとベージュのセーターと、白のルーズソックス。

 人間が身に着けていない制服一式を見たのは随分久しぶりだ、という一歩間違えれば気持ち悪い感想が頭に浮かぶ。

「高校卒業したら、制服ももう立派なコスプレでしょ?」
「……確かに」

 確かにそうだけど。しかしこれを自分が着るのか、という絶望感。
 痛くないかな。もうアラサーなんだが。と思ったが、それを言い出すともうコスプレを楽しもうという気持ちを持っている事すら否定してしまう事になる。

 美来は選んで買ってきてくれたお礼を実柚里に伝えてから、改めてテーブルの上に制服を置いて眺めた。

 実柚里の制服はピンクのカーディガンという実柚里感満載の仕様。若さも相まってか、嫌味なくらいよく似合う。
 そして美妙子はセーラー服にロングのスカート。つまり、スケバンのコスプレをしていた。

「どう? 似合う??」
「え~めっちゃ可愛いよ美妙子さん!!」

 実柚里は美妙子を見てノリノリでそういう。

「昔、本当に流行ったのよね~」
「こういうロングスカートってどうやって見つけてくるの?」
「先輩たちから代々受け継がれて回ってくるのよ。そういえば、どこで買えるのかしらね」

 はしゃぐ美妙子も実柚里も可愛い。
 しかし美来には、今すぐ二人の女子トークに交じることが出来ない理由があった。

「ねえ、コレ……」

 美来はスカートを全力で下に押しやりながら二人に声をかける。

「短すぎない?」

 三人分用意されているはずのスカートのうち、なぜか美来のスカートだけが膝よりだいぶ上にある。

「美来さん世代でしょ? ミニスカルーズソックスギャル」

 確かに世代だが、スカートの長さまで完全再現する必要はあるのだろうか。
 しかし今更どうあがいてもスカートが長くなることはない。

「恥ずかしいんだけど……」
「大丈夫。パンツは見えない長さでしょ。あ、そうだ。後これもあげる」

 そういって実柚里が美来に手渡したのは、今ではレアアイテムと言っても過言ではない、そのまま天まで羽ばたいていけそうなバサバサのつけまと大きなカラコンだった。

「見つけるの大変だったんだから~。平成ギャル! 美来さん絶対似合うと思って」

 美来と実柚里のやり取りを他所に、美妙子はノリノリで昭和メイクと髪形を仕上げている。実柚里もさっさと自分のメイクの手直しに移った。

 美来は少し戸惑いながらもとりあえず手鏡でつけまつげをつけてみる。しかし大人のメイクにバサバサつけまがなじむはずもなく。
 何ならベースメイクからやり直したい気持ちになったが、そうもいかないのでカラコンをつけてバランスを見る。バサバサのつけまつげ、大きなカラコンに薄いアイメイクがなじむはずもなく、アイラインで目じりを延長。主張するアイラインに合わせて、アイシャドウのグラデーション。これ大丈夫か、と思いながらどんどんと色を乗せる。

「うわ~赤リップ久しぶりだわ~」

 美妙子は嬉しそうにそう言いながら唇に色を乗せる。

「美妙子さん凄い! 本物じゃん!!」
「でしょ? 私もまだまだいけるわね……」

 美妙子はそういって今でいうシースルーバングで前髪を作る。
 二人の様子を見て、美来は思わず笑みを浮かべた。この女子同士の独特の雰囲気を感じたのはいつぶりだろう。懐かしくて、同時に嬉しかった。

 ふいに実柚里がこちらを振り向く。彼女のメイクは、いつもとほとんど変わらない。

「ほら!! 私大正解じゃん!! 美来さんめちゃくちゃいいよ、ギャル!」
「美来ちゃん、似合うじゃない!!」

 実柚里と美妙子は大喜びしているが、女の〝似合ってる〟ほど曖昧なものはこの世にない。しかし、褒められて嬉しくないはずがなくて。

「……そうかな?」

 そんなにいいかな、と調子に乗った美来は鏡で自分の顔をもう一度確認する。
 普段のメイクとは違ってもはや自分でも誰なのかわからないほど濃いメイクになってしまったが、とにかく〝ギャル〟の形にはなった気がするので、これで良しという自分の中での納得という形で折り合いをつける。

 スナックみさのグループトークには【外で待ってるよー】の斉藤からの連絡が入っていた。
 美妙子がカギを開けると、そこには斉藤と巽、藤ヶ谷と藤ヶ谷の奥さんがいた。

「わ、制服!! いいわね~」

 藤ヶ谷の奥さんは悪魔の耳のピンを頭に着けて短いマントを羽織っている。

「実柚里ちゃんはいつも通りだけど、美妙子さんと美来ちゃんはいつもと全然違うね!! いや~いいよ」

 カウボーイのコスプレをしている斉藤はそういってなぜか拍手をする。

「酒だー」

 そういう巽はスーパーマンに。藤ヶ谷は奥さんと合わせているのかドラキュラのコスプレをしている。

 それから人が増えて、スナックみさはほとんど常連の集まりになった。
 藤ヶ谷の奥さんのように簡単なコスプレから、本格的なものまで。大人が本気で遊んでいる空気が好きだ。

 最近あまりいいことがなかった。だけどやっぱりここに来ると、案外自分は幸せ者なのではないかと思う。
 まあそれも、長い事続きはしないのだが。

 たくさんの人が集まって、いろいろな人と話をする。

「まあ、ハルさんは来ないよねー」

 実柚里は少し寂しそうにそういう。
 過去二回のハロウィンパーティーにハルが来たことはない。

 ハルは破天荒に見えてハロウィンのような羽目を外すイベントがあまり好きではないのだと思う。

「女二人で楽しもうよ」

 どんな言葉をかけていいのかわからずに、ありきたりな言葉を選ぶ。
 こんな時立派な大人は、もう少しまともなことが言えるのかもしれない。

 もしかして衣織も来るのだろうかと思ったが、可能性は低いだろう。いったいいつから、スナックみさに衣織が来ることへの期待も、緊張も、薄れてしまったのだろう。

 美来はほとんど無意識に、カウンターに置いているレッドアイに口をつけた。

「自分が来いって言ったんじゃん」

 大声で会話をする酔っぱらい達の声をかき分けて、明確に音を拾う。
 振り向くと、そこには実柚里と話すいつも通りの服装の衣織がいた。

「そんな事より~。見て見て~」

 実柚里はそう言うと、後ろから美来の肩に手を置いて、ほどんど無理矢理衣織の前に移動させた。

「この人、だーれだ?」

 実柚里はそれはそれは楽しそうに言う。
 しかしなぜか、衣織は一瞬で目を見開く。特徴を捉えようとしているのか、美来の顔中に視線を散らしている。

「ごめん……」

 それからゆっくりと平坦な口調で。

「誰だっけ……?」

 控えめに、衣織は美来に問いかけた。
< 74 / 103 >

この作品をシェア

pagetop