イルカの見る夢

 しかし肝心なそこからの二年間の記憶が、断絶されているのだ。

 真凛の記憶のスタートが病院の真っ白な天井で、呼吸器を口に嵌められたひどい状態だった。

 真凛の母は涙ながら、娘に職場のプールで溺れ、しばらく意識不明になっていたと伝えた。

 真凛は困惑した。夢のスタートを切った瞬間、ドルフィントレーナーとしての二年間が奪われていて。

 記憶の断絶は、頭をプールの壁に激しく打ち付けた際に起きた外的ショックからだと、医師は彼女に伝えた。

 そして彼女が溺れてしまった原因は、ルビーが突然暴れ出したことによるものだという。

 いくら温厚な動物でも、刺激を与えたら予測不可能な動きをするものだ。

 けれどその“刺激”が、真凛はいまだに分かっていなかった。記憶がないからだ。

 監視カメラの検視も行われたが、特段変わった様子も映っていなかったらしい。

 「つっ……!」

 当時を思い出そうとすると、ズキリと頭が痛む。記憶の拒否反応でも起きているのだろうか。

 真凛は頭を押さえながら速くなった息を、ひっそりと整える。

 (斗李さんが助けてくれなかったら、私は今頃、ここにはいない)

 真凛を助けたのは他でもない、夫の斗李だった。

 電子機器メーカー社長の彼がなぜ、イルカのトレーニングプールに居合わせたのかというと、

 当時、山手線南部のターミナル駅に直結するアクアリムの建設に乗り出していたことが関係していたようだ。

 斗李は真凛が働く水族館の館長に案内されながら、挨拶をかね現場視察をさせてもらっていたらしい。

 事故は館長が席を離したわずかな時間の、一瞬の出来事だったと……真凛は斗李から聞いていた。
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