久我くん、聞いてないんですけど?!
てっきり最寄り駅まで行くのかと思っていたが、いっこうに到着する気配がない。

どこに向かっているのか分からないが、とにかく身体がだるくて、シートにグッタリともたれていた。

「着きました。歩けますか?」

「分かんない」

それよりここはどこなのさ?

顔を上げるのも億劫で、ひたすら久我くんに肩を借り、引きずられるように歩く。

「入って、靴脱いで」

エレベーターでどこかの階まで行き、廊下を少し進んでドアを開けた久我くんが、私を中に促す。

「靴、脱い…だ」

その途端くずおれそうになった私を、久我くんが抱き上げた。

ふわっと身体が浮き上がり、思わず久我くんにしがみつく。

「やだ、下ろして。重いから」

「やだ、下ろさない。可愛いから」

なんだ?その韻を踏んだ返しは。
ラッパーか?

いや、違う!
突っ込むべきはそこじゃない。

久我くん、今なんて言った?
担当指導者として、聞いちゃいけないセリフだったような…

そう思っていると、久我くんが私をソファにそっと横たえた。

すぐさまその場にひざまずくと、私の額にかかった髪をサラリとなでる。

「まだ顔色が悪い。脱水症状だな」

再び白湯を持ってきて飲ませてくれた。

「しばらくゆっくり休んで」

ふわふわの毛布を優しく掛けてくれる。
少し顔を動かして辺りの様子を見ると、一人暮らしのマンションの部屋のようだった。

「ここ、久我くんのおうちなの?」

「そうです。俺のせいで華さんがこんなことになったから、責任取って看病させて」

「そんな、久我くんのせいなんかじゃ…」

しーっと、久我くんが人差し指でそっと私の唇に触れた。

「黙って、目を閉じて」

久我くん、私は会社の先輩。
苗字で呼んで。
気安く触れてもダメ。

頭の中で呟きつつ、私はスーッと眠りに落ちてしまった。
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