エリート弁護士の執着愛
 第四章


 一ヶ月ぶりに実家に顔を出した。
 今朝まで優一さんと過ごし、ここまで車で送ってもらったのだ。
 優一さんは、父に交際の報告と挨拶をしたいと言ってくれたが、結婚の挨拶と勘違いされそうだからと遠慮してもらった。

(優一さんは、それでもいいなんて言ってたけど)

 あのバーで会ってからまだ一ヶ月しか経っていない。結婚するとしてもまだ先だろう。
 結婚式にタイチくんを呼ぶか、なんて冗談も言っていたが、もし本当にその日が来ても、太一は私の結婚式になど来ないだろう。
 大事な幼馴染みだと思っていたのは私だけで、彼は親に言われて仕方なく私と話していただけなのだから。

「ただいま……っと、来客かな」

 玄関を上がると、両親の靴ではない古びた革靴が乱雑に脱ぎ捨てられていた。父も母も靴を出しっぱなしにするタイプではないし、このような脱ぎ方はしない。

(誰だろう?)

 今日私が帰ることは伝えてあるから、父が誰かを呼んだとは思えない。おそらく急な来客だろう。
 邪魔をするのも悪いし、客間にいるであろう父に挨拶だけして、母とお茶でもしていよう。そう思い半分ほど開いていた客間のドアをノックした。

「……そうか、それは大変だったね」
「あぁ、だから、民事再生手続きをしようと思うんだ。力になってくれないか?」

 中から父の声が聞こえて、そっとドアを開けると、父は私もよく知る男性──太一の父と話をしていた。

「それはもちろん構わないが……あぁ、育実、お帰り」

 ドアのところで挨拶するタイミングを窺っていた私に気づいた父が、こちらに笑みを向けた。私が客間に入ってきたことで話が中断し、父の斜め向かいに座っていた奥野さんが眉を顰めるが、私を見てすぐに相好を崩す。

「えっ、育実ちゃんか!? うわぁ、ずいぶん痩せたね! 昔の面影がまるでないじゃないか! 綺麗になってよかったなぁ!」
「いらっしゃいませ、奥野さん。ご無沙汰しております」

 奥野さんに悪気はないのだろう。綺麗になったと言われても、まったく嬉しくないのは、言葉の裏に「昔は不細工だったのに」という言葉が隠されているからだ。

「ご挨拶だけさせていただこうと思いまして。……お父さん、私はリビングにいるから」
「育実ちゃん、すまないね。話が終わったら、久しぶりに太一も呼ぶから、みんなで食事でもどうかな?」
「あ……えぇと、お父さん」

 太一と会いたくはなかったが、奥野さんに誘われたのを無下に断るわけにもいかない。私は助けを求めるように父に目を向けた。

「残念だが、今日はレストランに予約を入れてしまってるんだよ。太一くんの予定もあるだろうから、また今度にしよう」
「そうか、それは残念だなぁ。じゃあまた今度ね」
「はい、是非」

 私は会釈をして客間を出ると、ほっと胸を撫で下ろした。父が機転を利かせてくれたおかげで助かった。レストランの予約をしたとは聞いていない。
 リビングに行くと、母が料理をしていた。

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