エリート弁護士の執着愛
「お母さん、ただいま」
「あら、おかえりなさい。ごめんね、出られなくって」
「ううん、なに作ってるの?」
「あなたの好きなスープよ」

 私は母の手元を覗き込んだ。
 湯気の立った鍋に入っていたのは、キャベツたっぷりのクラムチャウダーだ。テーブルには大量の海老フライに唐揚げ。

「美味しそう」
「たくさん揚げたから、余ったら持って帰ってね」
「いいの? ありがとう」

 私がリビングのソファーに腰かけると、グラスに入ったオレンジジュースが置かれた。父の話はいつ終わるだろうかと、廊下を隔てて反対側にある客間に視線を向ける。

(さっき……太一のお父さん、民事再生手続きって言ってたよね)

 奥野家はいくつかの飲食店を運営する会社を経営している。
 私が幼い頃はかなり羽振りが良かったように思うが、ここ数年は大手外食産業の煽りを受け、次々と閉店しているのを知っていたため、心配していたのだ。
 民事再生手続きとは、経済的に苦しくなった会社が、事業を継続しながら再生を図る法的手続きだ。
 方法はいろいろとあるが、多くの場合はスポンサーを募り事業を譲渡する場合が多い。
 その手続きを父に頼んでいる……ということだろう。けれど父は、たとえ親しい相手だとしても、仕事に関わる話の場合は事務所を通すようにしているはずだ。
 仕事として請け負うならば、契約を交わさなければならない。

(まだ相談の段階だろうけど)

 そういえば太一は、父の跡継ぎとしてその会社で働いていたはずだ。民事再生手続きを取り事業譲渡になれば、おそらく経営体制は刷新されるだろう。
 後継者である太一が今と同じ立場でいられるはずがない。そうなれば太一はどうするのだろう。

(……もう、私には関係ない人なのにね)

 太一がどうなろうともう私には関係ない。太一への気持ちは、優一さんへの恋愛感情で上書きされた。だからきっと、しこりのように胸の奥に残るこの遣る瀬なさは、振るった拳の行き先をなくしてしまったような喪失感なのだろう。

 しばらくして、廊下を歩く人の足音が聞こえて、玄関のドアの開閉音が響く。リビングのガラスドアが開き、父が入ってきた。

「あなた、お話終わったの?」

 母の声がけに父が頷きながらソファーに座る。
 父は疲れたようにため息を漏らした。

「あぁ、しかし参ったよ……友人ならば助けてくれの一点張りで」
「あらまぁ……」
「それって無料でってこと? お父さん引き受けたの?」
「まさか! 仕事は事務所を通してしか受けられないと伝えたし、一度無料相談に行ってみた方がいいと勧めたんだがね。せっかく育実が帰ってきてくれたというのに……」

 そう言って、父はまたため息をついた。
 奥野さんに、友人を見捨てる気かとでも言われたのかもしれない。
 弁護士事務所で働いていると、いろいろな相談者を目にするし、話を聞く機会も多い。遺産相続に離婚の財産分与、金が絡んでいるから依頼人も必死だ。
 その気持ちは理解できるし、弁護士もパラリーガルも事務員も、困っている人の力になりたくていつだって手を尽くしている。
 それなのに、ちょっとした相談くらいタダで聞いてくれてもいいだろうと考える人も少なくない。どれだけ親しくとも、公私の一線は引くべきだと思うが。

「話は夕食を取りながらでもいいでしょう? 育実、お皿を運ぶのを手伝ってくれる?」
「うん」
「落としたら危ないからな。大皿はお父さんが運ぶよ」

 父と私で料理をダイニングテーブルに運んだ。とても三人分とは思えない料理の数々がテーブルに並び、皆で手を合わせる。
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