エリート弁護士の執着愛
 わかっている。大人になって思えば、あのとき太一が言っていたこともあながち間違っていないなと気づいたから。
 私がやっていたのはただの好意の押しつけ。太一に好きになってもらう努力もせず、綺麗になろうとさえ思わなかった。
 太一がこのままの私を好きになってくれるとなぜか信じ切っていた。
 私たちは幼馴染みだったが、彼が私に期待を持たせるような言葉を発したことは一度もなかったのに、だ。
 ただ太一は、うじうじする私を親に言われて仕方なく慰めていたに過ぎなかった。それを私は好意だと勘違いし、勝手に傷つき、勝手に恨みに思っているだけ。
 太一との思い出も怒りも全部、頭の中から消したいのに、どうすれば忘れられるのか、まったくわからない。

「恋人でも作ったら? 過去の恋を忘れるなら、新しい恋以外ないと思うよ」

 いつの間にかマスターが戻ってきており、私の前にあった空のグラスを下げて、新しい飲み物を出してくれた。グラスを傾けると、酒の味はまったくしない。グラスに入っているのはオレンジジュースだった。
 子どもっぽいかもしれないが、幼い頃から私はオレンジジュースが大好きだ。ミモザを頼むのもオレンジの味がするからである。
 グラスを傾けて大事に一口ずつ飲みながら、ため息交じりに口を開いた。

「私もそう思うけど……」
「けど?」
「相手とどうやって恋愛に発展させていったらいいかが、まるでわからなくて」

 私は、太一への想いを拗らせすぎて、ほかの男性との恋愛経験がまるでない。恋人関係など未知の領域過ぎて、まずなにから初めていいのやら、だ。
 友人には出会い系アプリの登録を勧められたが、初めて会う人と話すなんて初心者にはハードルが高過ぎて無理だった。

「告白してきた相手ととりあえず付き合ったら?」
「なんで告白される前提? どうしたら告白ってされるの?」

 真剣に聞くと、すぐ近くから笑い声が聞こえてきた。
 嘲笑には敏感だ。
 自分が笑われたことに気づいた私は、一つ空けた席に座る男を見据える。

「あの、なにか?」
「あぁ、いや……悪い」

 男は、三十代前半だろうか。
 思わず凝視してしまうほど、その横顔は整っていた。綺麗な弧を描く太い眉に長いまつげ、彫りの深い顔立ちなのに爽やかな印象もあるのは、彼の所作が上品なせいかもしれない。グラスを傾ける姿さえここまで様になる男もそうはいないだろう。

(うわ……すごい美形……)

 座っていてもわかる長い足、艶のある黒髪にきっちりと整えられた襟足。量販店のものではない仕立てのいいスーツ。左腕にはシンプルな高級腕時計。ただそこに座っているだけなのに圧倒的な存在感がある。

 私は怒るのも忘れて、彼の顔に見蕩れていた。すると。

「イケメンの恋人を作ってギャフンと言わせたいって意気込んでたわりには、恋愛の仕方もわからないのかと」
「な……っ」

 男の言葉に私は気色ばんだ。マスターがあちゃーとでも言うように手のひらを額に当てて、私たちを交互に見つめる。

「まぁまぁ、久能《くのう》さん、そう言わないでやって。育実ちゃん、久能さんは君をバカにしてるわけじゃないからね。この人、見た目は近づきにくくて怖がられるけど、意外と優しい人だから」

 どうやら久能と呼ばれた男もまた、このバーの常連客らしい。

「俺はべつに君をバカにしてるわけじゃない。ただ、男慣れしていない女性の隙につけ込む悪い男もいるから、気をつけた方がいいと思っただけだ」
「でも、笑ってたじゃないですか」
「あぁ、それは……」

 やはりバカにしていたんだろうと、男を睨めつけると、男はこちらを見て柔らかく笑う。

「それは、なんです?」
「可愛いなと思ってしまって」

 マスターが呆れたような顔でため息をついた。
 なぜマスターがそんな顔をするのかがわからなかったが、それよりも久能さんの言葉が頭の中に幾度となく反響し、徐々に私の頬に熱が籠もっていく。

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