エリート弁護士の執着愛
「か、かわ……っ」
「君は可愛いし綺麗だよ。だから、そんな男のために怒るのはもったいない」
どうやら慰めてくれていたらしいと知ると、先ほどまでの怒りがしゅるしゅると収まっていく。その代わりに急激な恥ずかしさが押し寄せてきて、男の顔を見られない。
「なぁ」
「は、は、はい……?」
「その男がまだ好きなのか?」
久能さんにそう聞かれて、太一を思い出す。
私はぶんぶんと首を横に振った。あいつへの恋心なんて六年前にすっかりなくなっている。ただ恋心が怒りに変わっただけで、相変わらず太一が頭の大部分を占めていることに変わりはない。
それを拙い言葉で説明すると、久能さんは納得がいったと言うように頷いた。
「なら、君のイケメンの恋人に俺がなってもいいはずだよな」
「はい?」
あまりの驚いたせいで、恋人になるという言葉が耳を素通りしていく。
自分で自分のことイケメンって言っちゃうんだ、とは突っ込めなかった。彼が自信家であることは態度や口調からも伝わってきたし、実際、イケメンなんて軽い言葉では説明できなくらいの美形である。
「育実、俺が勝負にも勝たせてやるよ」
「勝負に勝つって、いったいなにを」
「新しい恋をして、過去の男なんて目に入らないくらい俺に夢中になればいい。なんなら、そのタイチくんを俺たちの結婚式に呼ぶか?」
冗談はやめてください──そう言おうとしたのに、熱の孕んだ目で見つめられて、私は言葉を失った。
もし久能さんに恋をしたら、過去のトラウマも忘れられるだろうか。わずかにそんな期待をしてしまい、なんともチョロい自分に苦笑が漏れる。
会ったばかりの久能さんに「恋人になる」と言われて胸をときめかせるなんて。本当にチョロすぎやしないか。
上っ面の優しさを与えられ、太一に恋愛感情を抱いた頃となにも変わっていない。
過去のことなんて何もかも忘れて今を生きればいいと思うのに、消化できない。
このまま一生太一への怒りを抱えて生きていくのかもしれない。そう考えたら怖くもあって、差しだされた手がひどく魅力的に思えてしまう。
「どうする、育実?」
育実と名前を呼ばれて、太一の〝ブタ実〟という言葉が重なった。
もしかしたら久能さんに騙されているのかもしれない。男慣れしていないと見抜かれていたから、弄ばれて終わりかもしれない。ただ、それならそれでいいかと思えた。
この人ならなにかを変えてくれるかもしれない、そんな予感がしたのだ。
彼は久能優一《ゆういち》と名乗った。マスターが男を久能さんと呼んでいたから、名字は本名かもしれないが、それもどこまで信用していいか。
久能さんに連れていかれたのは、バーからほど近い場所にある三つ星ホテルだった。それもフロントを通らず案内されたのはエグゼクティブルーム。
男性と初めてホテルに入る緊張感が、目の前のはめ殺し窓に映る景色で霧散する。
「うわ、すごい」
私が夜景に心を奪われていると、クローゼットにビジネスバッグをしまった彼が小さく笑った。
もしかしたら私を騙すためにあえて金を持っているフリをしているのかもしれない。そんな疑念もわずかにあるが、私の勘はそれを否定している。
だって彼ならば、わざわざこんな手間をかけなくても、相手をしてもらえるなら喜んでお金を差しだす女性がいそうだ。
「ホテルにはあまり泊まらないのか?」
「お父さんが旅館が好きなので、ホテルはあまりないです」
私がそう答えると、背後から「そうか」という声が聞こえて、はめ殺し窓に手が置かれた。私の真後ろに立った彼が窓に映っており、笑いをかみ殺すような表情をしていた。ほんの少し後ろの下がれば、背中が触れてしまいそうな距離だ。
「あ、の……?」
「あぁ、悪い。恋人とこういうところには泊まらないのかと聞いたつもりだったんだ。男慣れしていないって話は本当なんだな」
久能さんはくつくつと機嫌良さげに笑い声を漏らした。
「君は可愛いし綺麗だよ。だから、そんな男のために怒るのはもったいない」
どうやら慰めてくれていたらしいと知ると、先ほどまでの怒りがしゅるしゅると収まっていく。その代わりに急激な恥ずかしさが押し寄せてきて、男の顔を見られない。
「なぁ」
「は、は、はい……?」
「その男がまだ好きなのか?」
久能さんにそう聞かれて、太一を思い出す。
私はぶんぶんと首を横に振った。あいつへの恋心なんて六年前にすっかりなくなっている。ただ恋心が怒りに変わっただけで、相変わらず太一が頭の大部分を占めていることに変わりはない。
それを拙い言葉で説明すると、久能さんは納得がいったと言うように頷いた。
「なら、君のイケメンの恋人に俺がなってもいいはずだよな」
「はい?」
あまりの驚いたせいで、恋人になるという言葉が耳を素通りしていく。
自分で自分のことイケメンって言っちゃうんだ、とは突っ込めなかった。彼が自信家であることは態度や口調からも伝わってきたし、実際、イケメンなんて軽い言葉では説明できなくらいの美形である。
「育実、俺が勝負にも勝たせてやるよ」
「勝負に勝つって、いったいなにを」
「新しい恋をして、過去の男なんて目に入らないくらい俺に夢中になればいい。なんなら、そのタイチくんを俺たちの結婚式に呼ぶか?」
冗談はやめてください──そう言おうとしたのに、熱の孕んだ目で見つめられて、私は言葉を失った。
もし久能さんに恋をしたら、過去のトラウマも忘れられるだろうか。わずかにそんな期待をしてしまい、なんともチョロい自分に苦笑が漏れる。
会ったばかりの久能さんに「恋人になる」と言われて胸をときめかせるなんて。本当にチョロすぎやしないか。
上っ面の優しさを与えられ、太一に恋愛感情を抱いた頃となにも変わっていない。
過去のことなんて何もかも忘れて今を生きればいいと思うのに、消化できない。
このまま一生太一への怒りを抱えて生きていくのかもしれない。そう考えたら怖くもあって、差しだされた手がひどく魅力的に思えてしまう。
「どうする、育実?」
育実と名前を呼ばれて、太一の〝ブタ実〟という言葉が重なった。
もしかしたら久能さんに騙されているのかもしれない。男慣れしていないと見抜かれていたから、弄ばれて終わりかもしれない。ただ、それならそれでいいかと思えた。
この人ならなにかを変えてくれるかもしれない、そんな予感がしたのだ。
彼は久能優一《ゆういち》と名乗った。マスターが男を久能さんと呼んでいたから、名字は本名かもしれないが、それもどこまで信用していいか。
久能さんに連れていかれたのは、バーからほど近い場所にある三つ星ホテルだった。それもフロントを通らず案内されたのはエグゼクティブルーム。
男性と初めてホテルに入る緊張感が、目の前のはめ殺し窓に映る景色で霧散する。
「うわ、すごい」
私が夜景に心を奪われていると、クローゼットにビジネスバッグをしまった彼が小さく笑った。
もしかしたら私を騙すためにあえて金を持っているフリをしているのかもしれない。そんな疑念もわずかにあるが、私の勘はそれを否定している。
だって彼ならば、わざわざこんな手間をかけなくても、相手をしてもらえるなら喜んでお金を差しだす女性がいそうだ。
「ホテルにはあまり泊まらないのか?」
「お父さんが旅館が好きなので、ホテルはあまりないです」
私がそう答えると、背後から「そうか」という声が聞こえて、はめ殺し窓に手が置かれた。私の真後ろに立った彼が窓に映っており、笑いをかみ殺すような表情をしていた。ほんの少し後ろの下がれば、背中が触れてしまいそうな距離だ。
「あ、の……?」
「あぁ、悪い。恋人とこういうところには泊まらないのかと聞いたつもりだったんだ。男慣れしていないって話は本当なんだな」
久能さんはくつくつと機嫌良さげに笑い声を漏らした。