エリート弁護士の執着愛
ホテルの部屋を出て、ホテルから車で三十分ほどの場所にあるレストランを訪れた。
もうすっかりランチの時間である。
一軒家のようなアットホームな造りで、外にはイタリアの国旗が掲げられているその店は、偶然にも私が両親とよく訪れるところだ。
「ここ……」
「一度来てみたかったんだ。知りあいから美味しいと話を聞いていたからな」
「そうだったんですか」
どうしてだろう。家族とよく来る店です、と彼に言えなかった。
楽しみにしていたという話に水を差したくなかったのかもしれないし、このときなんらかの予感があったのかもしれない。
顔見知りの店主が私を見て驚いた顔をするが、隣にいる優一さんに気づき、知らないふりをしてくれた。
ここに来ると、いつも〝いくらとたらこのクリームパスタ〟を頼む。
私は一度好きになった料理に飽きることがない。だから、好きなブランドや好きな色も十代の頃からあまり変わらなかった。
「ご注文はお決まりですか?」
「育実は?」
「私は、いくらとたらこのクリームパスタをお願いします」
「じゃあ俺も同じものを。飲み物はどうする? オレンジジュース?」
優一さんはメニューを見ながら、楽しげに口に出した。
ここのオレンジジュースは生のオレンジを使った手作りで、私のお気に入りだ。
「え、あ、はい」
「俺は、ホットコーヒーを食後に」
「かしこまりました」
店主が私と優一さんを見比べて顔をほころばせる。おそらくなにかしらの勘違いをしているのだろう。
違うと言いたくても、身体を重ねてしまったのはたしかだし、彼は私を恋人だと言う。
「どうして、オレンジジュースってわかったんですか?」
「どうしてだろうな。育実を前から知っていたからかもな」
彼はテーブルに肘を突き、いたずらそうに笑みを深めた。そんな行儀の悪い姿さえ様になっており、つい惚れ惚れしてしまう。
「私にこんなイケメンの知りあいはいません」
ほかの男性に言われたら怖いセリフだが、優一さんが言うと冗談でしかないと感じられる。それにこれほどに印象深い人を忘れはしないだろう。
「君の気持ちを俺に向けるのは、なかなか大変そうだな。俺の見た目にクラクラしてくれる女性だったら簡単だったんだが」
「自分で言うのもなんですが、私、チョロいと思いますよ。じゃなかったら昨日、出会ったばかり人と……あんなことしないでしょう?」
「チョロい? どこがだ。恋愛感情じゃないにしても、育実の心の中にはまだタイチくんがいる。どうでもいい相手ならあんなに傷つかない」
「そうかも、しれませんね……太一にまた傷つけられて、それをどうやって消化していいかわからなかったんですけど……今は優一さんのおかげで少し楽になりました」
綺麗だ、可愛いと言ってくれた。この人は私の努力を認めてくれた。自分の頑張りをようやく自分でも認めてあげられた気がしたのだ。
「あ、ついでに私の太っていた頃の写真も見てくれませんか?」
「いいのか?」
「あなたは、綺麗になったって言ってくれたから」
私は自分への戒めとしてスマートフォンに保存してある、大学生の頃の写真を表示させた。カメラを真っ直ぐに見る私に笑顔はない。あの頃は写真を撮るのが大嫌いで、私にカメラを向けるお父さんに何度も怒っていた。
大好きなオレンジジュースも、いくらとたらこクリームパスタも、たくさん食べたらまた太るのではないかと考えて、美味しいのに美味しい顔ができなかった。
「これです。ひどいでしょう?」
私は優一さんにスマートフォンを手渡した。写真を見て彼は驚いた顔をしていたが、そこに侮蔑の表情はなかった。そのことに安堵してしまう。
もうすっかりランチの時間である。
一軒家のようなアットホームな造りで、外にはイタリアの国旗が掲げられているその店は、偶然にも私が両親とよく訪れるところだ。
「ここ……」
「一度来てみたかったんだ。知りあいから美味しいと話を聞いていたからな」
「そうだったんですか」
どうしてだろう。家族とよく来る店です、と彼に言えなかった。
楽しみにしていたという話に水を差したくなかったのかもしれないし、このときなんらかの予感があったのかもしれない。
顔見知りの店主が私を見て驚いた顔をするが、隣にいる優一さんに気づき、知らないふりをしてくれた。
ここに来ると、いつも〝いくらとたらこのクリームパスタ〟を頼む。
私は一度好きになった料理に飽きることがない。だから、好きなブランドや好きな色も十代の頃からあまり変わらなかった。
「ご注文はお決まりですか?」
「育実は?」
「私は、いくらとたらこのクリームパスタをお願いします」
「じゃあ俺も同じものを。飲み物はどうする? オレンジジュース?」
優一さんはメニューを見ながら、楽しげに口に出した。
ここのオレンジジュースは生のオレンジを使った手作りで、私のお気に入りだ。
「え、あ、はい」
「俺は、ホットコーヒーを食後に」
「かしこまりました」
店主が私と優一さんを見比べて顔をほころばせる。おそらくなにかしらの勘違いをしているのだろう。
違うと言いたくても、身体を重ねてしまったのはたしかだし、彼は私を恋人だと言う。
「どうして、オレンジジュースってわかったんですか?」
「どうしてだろうな。育実を前から知っていたからかもな」
彼はテーブルに肘を突き、いたずらそうに笑みを深めた。そんな行儀の悪い姿さえ様になっており、つい惚れ惚れしてしまう。
「私にこんなイケメンの知りあいはいません」
ほかの男性に言われたら怖いセリフだが、優一さんが言うと冗談でしかないと感じられる。それにこれほどに印象深い人を忘れはしないだろう。
「君の気持ちを俺に向けるのは、なかなか大変そうだな。俺の見た目にクラクラしてくれる女性だったら簡単だったんだが」
「自分で言うのもなんですが、私、チョロいと思いますよ。じゃなかったら昨日、出会ったばかり人と……あんなことしないでしょう?」
「チョロい? どこがだ。恋愛感情じゃないにしても、育実の心の中にはまだタイチくんがいる。どうでもいい相手ならあんなに傷つかない」
「そうかも、しれませんね……太一にまた傷つけられて、それをどうやって消化していいかわからなかったんですけど……今は優一さんのおかげで少し楽になりました」
綺麗だ、可愛いと言ってくれた。この人は私の努力を認めてくれた。自分の頑張りをようやく自分でも認めてあげられた気がしたのだ。
「あ、ついでに私の太っていた頃の写真も見てくれませんか?」
「いいのか?」
「あなたは、綺麗になったって言ってくれたから」
私は自分への戒めとしてスマートフォンに保存してある、大学生の頃の写真を表示させた。カメラを真っ直ぐに見る私に笑顔はない。あの頃は写真を撮るのが大嫌いで、私にカメラを向けるお父さんに何度も怒っていた。
大好きなオレンジジュースも、いくらとたらこクリームパスタも、たくさん食べたらまた太るのではないかと考えて、美味しいのに美味しい顔ができなかった。
「これです。ひどいでしょう?」
私は優一さんにスマートフォンを手渡した。写真を見て彼は驚いた顔をしていたが、そこに侮蔑の表情はなかった。そのことに安堵してしまう。