エリート弁護士の執着愛
第三章
翌週の月曜日。
私が働く『K&Sヴェリタス法律事務所』は所属弁護士百人超えの大手法律事務所だ。ここは外国法共同事業事務所であり、企業の国籍にかかわらずサービスを提供することができる。私はここで何でも屋……ではなく事務員として働いていた。
弁護士資格はないから法律の相談には乗れないが、相談者のヒアリング、過去の判例の調べもの、雑用まで仕事は多岐に渡り、弁護士が仕事に集中するための手伝いをしている。
朝礼時、海外支店に出向していたパートナー弁護士が戻ってきたと紹介された。
多くの弁護士、パラリーガル、事務員が並ぶ中に私も立ち、男性が前に立つのをぼんやりと眺めていた。パートナー弁護士と説明されたが、ずいぶんと若そうだ。
(うそでしょ……っ)
私は愕然と背の高い男性を見つめていた。
そこに立っていたのは、土曜日まで一緒に過ごしていた優一さんだった。
私が彼のプライベートまで踏み込んで聞くことはできなかったのは、連絡先を交換しても尚、優一さんとの関係はこれきりではないかという不安があったからだ。
それがまさか、自分が働く法律事務所のパートナー弁護士だなんて誰が思うものか。
みんなの前で紹介を受けた彼が何十人も立つ中から私を見つけて、愛おしげに微笑んだ。どこからか色めき立ったような女性の声が上がる。
***
その週の金曜日。
優一さんの歓迎会が開かれた。弁護士事務所からほど近い場所にある創作料理店を貸し切りにした立食形式だった。
テーブルには様々な料理が置かれており、椅子も用意されていたが、入れ替わり立ち替わり優一さんのもとには弁護士が訪れるため、彼はほとんど座っていない。
時間の都合がつかなかった弁護士たちも多くいたが、言わずもがな女性の参加率は非常に高かった。
「あの、どうして私の隣に?」
「なんで隣に座ったらいけないんだ」
彼は歓迎会が始まってからずっと、私を離してくれない。いくら一夜を共にした知り合いであったとしても、ただの事務員である私がそばにいれば邪魔だろう。
帰ってから、驚いたと彼にメッセージを入れよう、そんな風に考えていたのに、優一さんはなぜかずっと私の腰を抱き、まるで恋人のごとく振る舞っている。
そしてあらかた皆と話し終えると、私を誘いカウンターに座ったのだ。
「だって、周囲に誤解されちゃいます」
「誤解じゃないだろう。育実は俺の恋人だ」
彼はロックグラスに入ったブランデーを傾けながら、私の方へ顔を傾けた。どこからか「ひゅう」と口笛が聞こえてくる。
これほどまでに堂々と職場で恋人宣言されると、違いますとは言えない。金曜日に彼の手を取ったのは私だから尚のこと。
ここまで偶然が続けば、それは必然だろう。バーで会ったのも、好きなブランドを知っていたのも、オレンジジュースも、名字を知っていたのもきっと偶然ではない。
「もともと、私のこと知ってたんですね?」
「知ってると言ったじゃないか。聞かれたら答えようと思ったんだが」
彼は悪びれることなくそう言った。
たしかに私は、もしかしてと思いながらも聞かなかった。彼に文句は言えない。
「父の職場にいらっしゃいましたか?」
「へぇ、そこまで思い出したのか?」
「はい……オレンジジュースを買ってくれた人、ですよね」
「懐かしいな」
優一さんは懐かしそうに目を細めた。
彼は新米弁護士だった頃、父の弁護士事務所で世話になっていたのだと言った。そこで父の娘である私に出会ったと。
しかし、あの頃から私を知っていたにしても、どうしてあのバーで私に声をかけたのだろう。聞けば、彼が日本に帰国したのは、つい最近だ。
翌週の月曜日。
私が働く『K&Sヴェリタス法律事務所』は所属弁護士百人超えの大手法律事務所だ。ここは外国法共同事業事務所であり、企業の国籍にかかわらずサービスを提供することができる。私はここで何でも屋……ではなく事務員として働いていた。
弁護士資格はないから法律の相談には乗れないが、相談者のヒアリング、過去の判例の調べもの、雑用まで仕事は多岐に渡り、弁護士が仕事に集中するための手伝いをしている。
朝礼時、海外支店に出向していたパートナー弁護士が戻ってきたと紹介された。
多くの弁護士、パラリーガル、事務員が並ぶ中に私も立ち、男性が前に立つのをぼんやりと眺めていた。パートナー弁護士と説明されたが、ずいぶんと若そうだ。
(うそでしょ……っ)
私は愕然と背の高い男性を見つめていた。
そこに立っていたのは、土曜日まで一緒に過ごしていた優一さんだった。
私が彼のプライベートまで踏み込んで聞くことはできなかったのは、連絡先を交換しても尚、優一さんとの関係はこれきりではないかという不安があったからだ。
それがまさか、自分が働く法律事務所のパートナー弁護士だなんて誰が思うものか。
みんなの前で紹介を受けた彼が何十人も立つ中から私を見つけて、愛おしげに微笑んだ。どこからか色めき立ったような女性の声が上がる。
***
その週の金曜日。
優一さんの歓迎会が開かれた。弁護士事務所からほど近い場所にある創作料理店を貸し切りにした立食形式だった。
テーブルには様々な料理が置かれており、椅子も用意されていたが、入れ替わり立ち替わり優一さんのもとには弁護士が訪れるため、彼はほとんど座っていない。
時間の都合がつかなかった弁護士たちも多くいたが、言わずもがな女性の参加率は非常に高かった。
「あの、どうして私の隣に?」
「なんで隣に座ったらいけないんだ」
彼は歓迎会が始まってからずっと、私を離してくれない。いくら一夜を共にした知り合いであったとしても、ただの事務員である私がそばにいれば邪魔だろう。
帰ってから、驚いたと彼にメッセージを入れよう、そんな風に考えていたのに、優一さんはなぜかずっと私の腰を抱き、まるで恋人のごとく振る舞っている。
そしてあらかた皆と話し終えると、私を誘いカウンターに座ったのだ。
「だって、周囲に誤解されちゃいます」
「誤解じゃないだろう。育実は俺の恋人だ」
彼はロックグラスに入ったブランデーを傾けながら、私の方へ顔を傾けた。どこからか「ひゅう」と口笛が聞こえてくる。
これほどまでに堂々と職場で恋人宣言されると、違いますとは言えない。金曜日に彼の手を取ったのは私だから尚のこと。
ここまで偶然が続けば、それは必然だろう。バーで会ったのも、好きなブランドを知っていたのも、オレンジジュースも、名字を知っていたのもきっと偶然ではない。
「もともと、私のこと知ってたんですね?」
「知ってると言ったじゃないか。聞かれたら答えようと思ったんだが」
彼は悪びれることなくそう言った。
たしかに私は、もしかしてと思いながらも聞かなかった。彼に文句は言えない。
「父の職場にいらっしゃいましたか?」
「へぇ、そこまで思い出したのか?」
「はい……オレンジジュースを買ってくれた人、ですよね」
「懐かしいな」
優一さんは懐かしそうに目を細めた。
彼は新米弁護士だった頃、父の弁護士事務所で世話になっていたのだと言った。そこで父の娘である私に出会ったと。
しかし、あの頃から私を知っていたにしても、どうしてあのバーで私に声をかけたのだろう。聞けば、彼が日本に帰国したのは、つい最近だ。