空色の手紙は執着愛の証 ~溺愛は再会とともに~
朝礼後はどこにいても2人の結婚話で盛り上がり、嫌でも耳に入ってきていた。

「最近、林田の成績が上がってたのはリナさんのお陰なんだな」
「えー、僕の実力と言って下さいよ」
「そりゃあ、あんなかわいい彼女がいたら仕事だって頑張れるもんなぁ」



……そうかもね。

いつから二股かけてたのかは知らないけど、アラサーのパッとしない女より20代前半の受付嬢の女の子の方が仕事にも張り合いが出るでしょうね。


オフィス奥にあるデザイン室の自分のデスクに着き、今日の仕事の段取りを確認しながら、ふー………と細くため息をつくと、「なぁなぁ、シノ」と隣の席の岸くんがデスクパーティションからひょいと顔を覗かせて話しかけてきた。

岸 春之新(きし はるのしん)くんは私の同期で、私を「シノ」と呼ぶ。
私と同じデザイナーで、柔道経験者ということもあり体格がよく、女性ウケする人懐こい顔と性格で皆に慕われている。


「なに?」
振り向くと、椅子を後ろに下げて話し掛けてきた。

「林田さんて今や営業部のエースで優しいし、リナちゃんはちょっと天然だけど、可愛くて愛想もいいし、なんかお似合いだよな」

「…そうだね」

ジクジクと感じる胸の痛みを一切見せず、口角を上げた作り笑顔で答えると、岸くんが椅子のキャスターを滑らせて近寄ってきた。

「でもさー、ここだけの話だけど」
と、少し顔を近付けて小声でコソッと言う。

「うん…何?」

「オレ、てっきり林田さんの彼女はシノなんだと思ってたわ」

「…はい?何で」

「だってシノ、林田さんとペアになるの多いじゃん、仲いーし」

「それは仕事だし、しかも上からの指示でしょ?取引先との関係もあるし」

「でもいい雰囲気に見えてたぜ?それに、ペアが増えてから林田さんが変わってきた様に見えたからさー。ってか林田さん、あれは絶対シノを狙ってたよ。…シノ、林田さんに告られてフッたんだろ。そんでリナちゃんに鞍替えしたんじゃね?」

「あはは、さすが〝アイデア番長〞の岸くんだね。想像力がたくましいなぁ」

「そっかー、ハズレかー。ところでシノって今フリー?」

「…内緒」

「って返しの時はだいたいいるんだよな、了解。んじゃ疑問が晴れたところで仕事戻るわ」

「そうだね、納期もあるし頑張らないとね」

そんな会話をしていると、岸くんと反対方向のデスクからピリピリバチバチと、まるで放電でもしているかの様な空気を肌で感じた。

これは霧ちゃんのイライラだね…うん。


〝霧ちゃん〞こと、相馬 霧子(そうま きりこ)さんは、私より2歳上の30歳で、同じデザイン課の先輩。

先輩であり、お友達であり、お姉ちゃんのような存在で、社内で唯一、私と尚人が付き合っていた事を知る人物だ。


霧ちゃんは、昨夜私が電話で泣いた事もあってか、社内がハッピームードの中でもイライラを隠さずにいるのだけど、そんな霧ちゃんを、普段から空気の読めないうちの課長が茶化しに来た。

「どうした、相馬は嬉しくなさそうだなぁ。同期が若いのと結婚したのが悔しいのかぁ?ワッハッハ」

「…いえ、あんな男が誰と結婚しようと興味はありませんね」

と、氷点下の声&眼差しの霧ちゃん。
…背後に南極のブリザードが見えるよ…

「あんな男って…営業部のエースであのイケメンをそんな風に言うのは失礼じゃないかぁ?」

すると霧ちゃんが、ブリザードに気付かない課長にクルリと背を向け、私にボソリと呟いてきた。

「…ケッ…誰のお陰でそこまで上がれたと思ってるんだか……なぁ?那知」

そんな霧ちゃんがおかしくて、ふふふって笑っちゃった。

「どうかしたか?」

「いえ独り言です。そもそもあいつ…林田ってイケメンですか?私から見れば、良くて〝並〞ですけどね。それより……いくら仕事ができたとしてもプライベートは最悪の男かも知れないですしねぇ……ハッ」

と、丁寧語ながらブリザードMAXで吐き捨てるように言うと、さすがの課長も霧ちゃんのブリザードを肌で感じたのか、これ以上はマズいと察したみたい。

「…まぁ同期ってのはいろいろあるみたいだしなぁ…いやぁ、そうかそうか…」
と、頭を掻きながら後ずさり気味に離れていった。

そして「フンッ」と鼻を鳴らす霧ちゃんにまた笑ってしまった。
< 10 / 189 >

この作品をシェア

pagetop