空色の手紙は執着愛の証 ~溺愛は再会とともに~

「そんなの嘘に決まってるじゃん!」


ざわつきを止めるほどのその声の主は…リナさん。

最前列にいた彼女は、更に一歩前に出て、壇上の私に近付いた。

「もぉ東雲さんてば負け惜しみで結婚だなんて見え透いたウソつくとか、すっごいダサいですよぉ?てゆーか、負け犬がみっともなさすぎてカワイソウ、みたいな?」
「おっおい!リナやめろ!」

そこへ尚人が割って入ったところで、すかさず賢太郎さんが言った。

「いや、嘘も何も、本当に私達は結婚するのだが」

「えー?社長さんてば、もしかして知らないの?この人アラサーで婚約間近だった男にフラれた売れ残りですよぉ?」

「事実はさておき、仮にそれが本当だったとして、何か問題でも?」

「だあってぇ、こーんなイケメンの社長さんがですよぉ?そんな売れ残りの地味なオバサンと結婚とか有り得ないじゃないですかぁ。それより!絶対リナみたく可愛くて若い子の方が絶対楽しいって!」

と、その〝売れ残り〞な私を一瞥し、賢太郎さんに若さを武器にアピール。
…まぁ、アピールにはなっていないけれど。


「ハァ……名を名乗らない上、いきなり私の愛する人を売れ残りやらオバサン呼ばわりとは、大層素晴らしい教育を受けてこられた様だね。…ところでどちら様かな?」

この、怒りを滲ませた穏やかな物言いに、この場が一層静まり返った。

賢太郎さんの更に低い声にも、たぶんここにいる誰もが見えない圧を感じたんだと思う。


だけどリナさんは賢太郎さんの発言とこの空気を察することができなかった様で、得意気に畳み掛けてきた。

「えー!社長さんなのにリナのこと知らないの!?しょおがないなぁ…じゃあデートしてあげるから、リナのことちゃあんと覚えてよ?パパはこの会社で長いこと部長やってんだからね?お仕事の事とかちゃんとパパから聞いておいてよね。ってか社長なんだからさ、いくらイケメンで若くても知らないじゃ困るしぃ?あっ、そだ。リナがお仕事教えてあげるからさ、その負け犬オバサンと奥さん変わってあげるよ」


…その、色々と勘違いも甚だしい発言に、あちらこちらから「プッ」「クスクス」と呆れから来てるであろう失笑が漏れ聞こえた。


「リナ!黙りなさい!」

さすがにこれには父親である堀田部長の声が飛び、リナさんがムッとしつつ少し怯むと、すかさず尚人が焦りながら賢太郎さんの前に出てきた。

「十和田社長!申し訳ございません!妻が失礼いたしました!」

「…君は?」

「あっ、申し遅れました。私は営業課の林田尚人と申します。妻のリナが大変失礼いたしました」

「あぁ君が例の…林田尚人…くん」

〝例の〞と〝尚人〞をやや強調して言われた尚人が、ハッ!と私を見たが、私は、血の気が引いた顔とはこういうものなのか…としか思わなかった。


「ハッ…ハイ…」

おどおど返事をする尚人に、賢太郎さんが笑みを含んだ声で話す。

「…君の話は聞いているよ」

「は……」


「フ、営業課のエースだとね。…期待しているよ」

「…は……はい…ありがとうございます。精進いたします…」

青白い顔がホッとした表情に戻り、〝そっちの事か…〞と思う尚人の気持ちが手に取るように分かった。


…賢太郎さん、これ、絶対に狙ってやったよね。

そぉっと賢太郎さんを見ると、パチッと目が合った。
そのままフッと柔らかい笑顔を見せてくれると、また前を向き、表情に厳しさを見せた。


「ところで林田くん」

「は…はい」

「先ほど君は私に謝罪してきたが……本来最初に謝罪すべきは誰が誰に対してなのか、君はわからないのか?」

「!」

「私は、私に対する言葉よりも、愛する人を侮辱された事に憤慨しているのだが、妻帯者である君はその感情がわからないか?」


「もっ申し訳ございません!しっ…東雲さん!妻の無礼、大変申し訳ございませんでした!……ほら、リナも!」

「えー?何で謝るのぉ?ホントのこと言っただけじゃん。アラサーの負け犬に負け犬っつって何が「リナ!お前は…いい加減にしろ!早く謝らんか!」

堀田部長が強めの雷で発言を遮った。
しかし、さすがと言うか何と言うか…

「リナ悪くないし!…アンタは負け犬ババアのくせにイケメンの社長と結婚とか生意気なんだよ!最悪!帰る!」

…と悪態をつきながら、朝礼会場のオフィスを出ていった。


バン!という激しくドアを閉める音の余韻が消えると、朝礼会場はまたシンと静まり返った。

そこへ、はぁ……と青白い顔でため息を吐いた尚人が私達に向き合い、頭を下げた。

「本当に…妻が申し訳ございませんでした…」

ここまで来ると、尚人に同情する気すら出てきた。


「那知、どうだ。許せるか?」
「私は全然平気だから大丈夫」

「…だそうだ、林田くん」


「は…はい。ありがとうございます。社長、東雲さん、本当に…申し訳ございませんでした」

尚人は最後に深く頭を下げて端の方へ下がっていった。


そして賢太郎さんは私を見て「那知は俺が唯一愛する女だ。売れ残りなんかじゃないよ」って優しく言ってくれた。

…ありがとう、賢太郎さん。


「総務部長、お時間を取らせてしまい失礼しました。私からは以上です」と賢太郎さんが言うと、部長が朝礼の終了を告げて解散となった。

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