空色の手紙は執着愛の証 ~溺愛は再会とともに~
私は立ち上がると、賢太郎さんの前に出た。
「尚人」
今だけ…敢えて名前で言うことにした。
「那知…」
「尚人、あなた出張前に自分で言った事、覚えてないの?」
「出張前に言った事…?」
「えぇ。…私が『会いに行く』と言ったら『那知が来たら甘えてしまうから、一人で頑張る』って、あなたが言ったんだよ?結婚前に試練を乗りきって見せる、と」
「あぁ、言ったよ。けど…」
「だから…私は会いに行くのを我慢してた」
「我慢…?」
「……私だって寂しかったし、会いに行きたかったよ。お金だってその為なら惜しくなかった。……でも、尚人が一人で頑張ると決めたのに、それを私の気持ちだけで壊したらいけないと…電話だけで我慢してた」
「う…嘘だ。電話で『お互いに頑張ろう』って言うだけで放っておいただけだろ!?…僕の事なんか気にかけていなかったんだろ!?」
「……あなたがさみしがり屋なのも知ってたから……余計に辛かった。きっと私が『会えなくて寂しい』と言えば、あなたの〝1人で頑張る〞という意思はすぐに折れると分かっていたから……それも言わないようにしてた。これも私に対する結婚前の試練なんだ、って」
「那知……そんな……」
尚人の目に涙が浮かぶ。
「でもあなたは私に弱音を吐かなかったから…あなたは2ヶ月もの間、一人で生活して…強くなってくれたんだと……信じてた」
「…な…那知…っ…」
尚人がぼろぼろと涙をこぼしている。
「……だけど、あなたは…」
「那知っ……ごめん……ごめん!僕が悪かった!僕が間違ってた!……那知がそんなに僕の事を思っててくれたなんて……僕はなんて事を……」
尚人が青い顔で頭を抱えながら、膝からガクリと崩れ落ちた。
「いいの。あなたは…何も変わっていなかった。弱いままで……何も変わっていなかっただけ」
「那…知……違う、違うんだ!……僕だってリナが来さえしなければ一人で頑張れたんだ…!リナが押し掛けてきたから…!」
「いいえ。あなたが、リナさんを断れないヘタレだっただけよ。……ただ……そんなに寂しさを埋めたかったのなら……他の女に逃げる前に、先に私に言って欲しかった。私に弱音を吐いて欲しかった」
「…な…那知…」
敢えて『ヘタレ』と言った私を、尚人は涙でぐしゃぐしゃの顔で呆然と見ていた。
泣き顔の尚人に対し、私は涙の一粒も出ていない。
これは自分でも不思議だった。
以前の私なら絶対に泣きながら言っていたはず。
…いえ、こんな風に毅然と言うことすらできなかったかもしれない。
きっと賢太郎さんのおかげだね。
賢太郎さんがいてくれたから…
認めてくれたから…
愛してくれているから…
私は強くなれたんだね。
「尚人。……私はあなたに酷い裏切りを受けて…すごく傷付いた。私の存在に価値なんてないんだ、って…」
「…な…那知…そこまで…」
「でもね、その傷を傷のままにせず、私の存在を認めて…私を受け入れてくれたのが賢太郎さんなの。賢太郎さんが私に気持ちを伝えてくれたのは、その後のことよ。…そんな優しくて強い賢太郎さんに私は惹かれたの。好きになったの。だから…出逢ったその日に抱かれたの」
「え……」
「私が賢太郎さんに抱かれたいと思ったのよ」
「!…で…でも……そんな別れてすぐだなんて…那知らしくないよ…」
「そうね、前の私ならそんなことできなかった。…でも尚人、別れ話の時に私に言ったよね、『運命の人が現れたらわかる』って。私、その気持ちがわかったの。…ありがとう、尚人。私に運命の人と巡り会わせてくれて」
「な……那知……」
「てことは那知、俺は運命の人なんだ」
今までずっと黙ってくれていた賢太郎さんがここで口を挟んだ。
それは、私が言うべき事を言い切ったタイミングだったから、驚いたと同時に嬉しさが込み上げてきた。
「ふふっ。私はそう思ってるよ」
「ふ、俺もだよ。……林田は堀田が運命の人だから結婚までしたんだろ?じゃあそっちを大事にしろ。もう…二度と那知に手を出すな。…次は許さないからな」
「……っ…」
悔しさなのか何なのか分からないが、尚人はグッと唇を噛み締めていた。