空色の手紙は執着愛の証 ~溺愛は再会とともに~
その日の夜、俺の部屋に那知が1人で来た。

部屋に招き入れると、おずおずと「あの、ケンちゃん…」と呼ぶ。

「ん?どうした?」

「…明日、ここを出ちゃうんだよね?」

「あぁ…そうだね。数日だけど一緒に過ごさせてもらって楽しかったよ。本当に那知ちゃんの家族になったみたいでさ。…また1人になったら…寂しくなるな」

それは俺の素直な気持ち。

「ケンちゃん……あの、お手紙…書いてもいい?」

「もちろんいいよ、楽しみに待ってる。…返事は全部英語で書くけど?」

「うっ…大丈夫!頑張って訳すから!」

そう一生懸命に答える姿が可愛くて、思わず笑っちゃったよ。

「あっははは、それは冗談。ちゃんと日本語で書くよ。じゃあ、向こうの住所と携帯の電話番号書くから座って待ってて」


俺はカバンから手帳とペンケースを出し、スペルを間違えないように手帳に書いてある住所を見ながら丁寧に書いていた。

すると、また「ケンちゃん…」と名を呼ばれた。


「んー?どうした?」
書きながら答える。


「夕方……一緒にいた外国人の女の人って…ケンちゃんの恋人?」

そう聞かれ、顔を上げた。

夕方?
あぁ、あのアメリカ人女性の事かな。

「いや、あの人はここの宿泊客だよ」

「お客さん?…知り合いじゃないの?」

「うん、知り合いじゃないよ。昼間、客室係の通訳した時のお客。夕方ばったり会ってさ。アメリカから一人旅で来たって言ってたよ。日本の事をあれこれ聞かれたんだけど、俺も答えられない事ばっかで日本人としてヤバかったよ、ははは」

特に気にする間柄じゃないと言いたくてそう答えたのだが、そんな俺の思いとは逆に、那知の顔は曇っていった。

「…どうした?」


「……知らない人とあんなこと…するんだ…」
と顔を逸らして言う。


あんなこと…?
あぁ、もしかして…

「ハグとキスのことか?」

パッと一瞬俺を見て、また逸らした。
「ん……」


「あれは特別な意味はないよ、挨拶だから」

「え…そんな簡単にしちゃうの?」

「あぁ」

あの彼女はちょっと積極的な方だったけど、挨拶みたいなものだしな。
と、また住所の続きを書こうと下を向くと…

「…ケンちゃんのばかぁっ…」

そう聞こえて、那知を見ると、まだ俺から顔を逸らしてた。


…そこで、那知が彼女の事を聞いてきた意味がやっとわかったんだ。

俺のお嫁さんになる、って言ってくれたもんな。


きっとこれが他の女だったら絶対に『ウザい』で終わらせてた。
でも那知には『誤解されたくない』としか思わなくて。


「…那知ちゃん、聞いてくれるかな」

優しく問いかけると、俯いたまま「うん…」と小さく頷いたから、俺はペンを置いて那知に向き合った。

「さっきも言ったけど、あれは向こうでは普通にある挨拶なんだ。…まぁアメリカでも人によってはハグやキスをしたくない、されたくない人ももちろんいるけどね」

「…うん…」


「あの女性は、初めての日本への一人旅で不安だったところに、歳の近い日本人の俺と英語で話せた事が嬉しかったって言ってたよ。それでお礼があんなにオーバーな表現になったんだと思うよ」

「…そうなんだ…」

「那知ちゃんには見慣れない事だもんな。…驚かせちゃってごめんな」

「ううん……ごめんなさい、ケンちゃん……ばかって言って……」

「ふ、気にしてないよ。那知ちゃんは偉いな、ちゃんと謝れるんだもんな」


「……ケンちゃんも挨拶で…ああゆうことするの?」

「俺からはしないよ。特に女性にはね。ハグはその時々によるけど、俺は好きな人じゃなきゃ自分からキスはしないから」

「え?…キ…キス…してたよね…?」

「あぁ、あれはチークキスっていって頬を合わせただけだよ。…あの女性からは頬にキスされたけど、俺は同じことはしたくなかったからさ」

「…そうなんだ……うん、わかった…」

「じゃあ、もう少し待ってて。住所を間違えない様に書くからさ」
と、また手帳を見ながら住所の続きを書いた。

< 77 / 189 >

この作品をシェア

pagetop