令嬢ヴィタの魂に甘い誘惑を

ブツブツと言う男の顔は狂気そのもの。

人をかき分けて男は前へ前へと大股に飛び出していく。


「これは悪魔の像だ! 神を裏切るは最大の罪だ!!」


暁に刺激された男がハンマーを振り上げた。



ーーガアアアアンッ!!!!


「あ……」


血の気が引いていく。

苦難の果てに生み出したヴィタの人生において最大の作品。

愛してると言ってくれた麗しき者の顔にひびが入る。

手を伸ばすより早く亀裂が広がって、首が折れて崩れていく。


「やめてええええええええっ!!」


ガラガラと音を立て、何度も工具で殴りつけられ、崩壊する。

足元に転がってきた大理石の破片を見て、ヴィタの目が見開かれた。


ーーひゅっ……。

勢いよく酸素が口から吸いこまれ、胸のあたりで止まった。

軋む音が聞こえたかと思えば、あらぬ方向にぽきりと折れ曲がる。

一瞬、世界の音がやんだと思えば次の瞬間、大地さえ割りそうな怒声が響き渡る。

それは幻想から現実に戻った観客たちがヴィタを罵るもの。

美の基準さえ歪めてしまうそれは悪魔の仕業だと石が飛ぶ。

そしてヴィタの創った石像を破壊した男は惑わされなかった英雄と称えられる。

色がなくなって、風の音だけが耳元でささやく。

もう二度と、彫刻はできないとヴィタは膝から崩れ
てしまう。


「こんなの……ひどすぎるわ」

音がやむ。

風の音さえ消えていく。

栄光を手にする男を遠くから眺めるだけで、立ち上がることは出来ない。

傷心から絶望へ。

前だけを見ようと奮闘してきたヴィタの強がりは修復不可能に折れてしまった。

< 30 / 33 >

この作品をシェア

pagetop