令嬢ヴィタの魂に甘い誘惑を
男は地面に着地し、ヴィタより少し高い位置から彫りかけの彫刻を見る。


「素晴らしいね。こんなにも繊細で胸を打つ像ははじめて見た」

「……いいえ。これではダメよ。私が表現したいものではない」


待ち望んでいた美しいを目の当たりにし、己の未熟さを思い知る。

もっと堂々と向き合うことが出来ていたら何か違っていただろうかと悔やむばかり。


「女が彫刻なんて、おこがましかったのかも」


ヴィタは意地っ張りで、誰にも本音をみせたことがない。

少しでも弱音を吐けば、二度と彫刻が出来ないと予感していたからだ。

強い心持でいればと希望を抱いていたが、現実は暗い。

口にしない。考えないよう避けてきた。

だが何度も自分に嘘をついてきた思いは男を前にしてあっという間に崩れてしまった。


「どうしてそんなことを言うの?」


「えっ?」


緩やかに微笑む男と視線が交わり、ドキッとして恥ずかしくなる。


「これだけ彫れるようになるまで努力したんだろう? そんな卑下をしてはその手が泣いてしまうよ」


指先が震える。

唇が息をのんだまま、硬直してしまう。


(ダメ。逃げないと)


震える手で額の汗を拭う。

喉の奥が焼ける。

逃げ出したいのに動くことが出来なかった。


「君は女だからと言うけれど」


男は手を伸ばし、ヴィタのやわらかな頬を親指で撫で上げる。

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