追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる
見つめ合う私たちに、セドリック様が申し訳なさそうに告げる。
「アン、そろそろ出発しないと、日暮までに中継地に着けないよ」
それではっと我に返った。ポーレット領の騎士団に囲まれているとはいえ、私は狙われている身だ。時間通りに安全な場所まで辿り着けず、お兄様をはじめとするたくさんの人に迷惑をかけてはいけない。
「お世話になりました」
深々と頭を下げて、開かれた馬車の扉から中に入る。涙でぼやける視界の中で、同じように顔を歪めて私を見るジョーが見えた。
笑顔でお別れしたかったのに、ジョーを見るとまた恋心が動き始めてしまう。私はいつの間に、こんなにもジョーのことばかり考えるようになってしまったのだろう。
隣にお兄様が座り、馬車の扉が閉められる。まるで私の自由な空間が閉ざされたような錯覚に陥る。
窓から外を覗くと、並んでお辞儀をするオストワル辺境伯領騎士団の先頭に、同じように頭を下げるジョーの姿が見えた。
止めどなく溢れる涙をもう拭くことも出来ず、ひたすらジョーを思った。
ジョー、大好きだった。ジョーが駆け落ちしようと言った時、一緒に駆け落ちをしておけば良かった。唯一の家族であるお兄様と暮らせるのは嬉しいけど、ジョーがいない世界は色を失ったみたいだ。
馬車は市街地を抜け、大きな門をくぐる。そして、のどかな田園地帯へと差しかかる。
私がこの地を訪れた時は、ジョーと一緒に馬に乗っていた。ジョーが優しく抱き止めてくれていて、心臓が止まりそうなほどドキドキしていた。
「ジョセフ様が好きだったんだね」
お兄様が遠慮がちに言う。
「僕はアンと暮らせるのは嬉しいけど、アンがそんなに泣かれては辛い」
「すみません、お兄様」
そう告げるのに、涙は止まることなくどんどん溢れてくる。
私は駄目な女だ。ジョーにも、お兄様にも心配をかけて。
「アン……君が望むのなら、オストワル辺境伯領に残ってもいいんだよ」
私はお兄様を見た。涙で霞んで見えるお兄様は、少し寂しそうな顔をして私を見ている。
「ジョセフ様の言葉を待つのではなくて、アン自身が決めないと」
お兄様の言葉にはっとした。
私は、ジョーが何も言ってくれないと、やけになってポーレット侯爵領に帰ることを決めてしまった。だが、本心はジョーと残りたいと思っていた。
そうやって、私が帰る責任をジョーに押し付けていたのだ。
「お兄様……ごめんなさい……」
そう告げた時だった。