追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる
彼の故郷へ行くことになりました
ジョーが目覚めて二日後、私たちは山の中の小道を歩いていた。王都よりも標高が高いのだろうか、随分と寒い。私はぶるっと身を震わせて縮こまる。こんな私に、ジョーが教えてくれた。
「この山を越えたら、オストワル辺境伯領だ」
「そっか。もうすぐなんだ!」
長かったこの旅も、もうすぐ終わりに近付いているのか。はじめはどうなることかと思ったが、ジョーのおかげで本当に何とかなりそうだ。
「ジョーの故郷、見てみたいなあ」
何気なく告げる。
「きっと、いいところなんだろうなあ」
ジョーはその大きな手で、私の髪をくしゃっと撫でる。急に触れられて、不覚にもどきんとしてしまった。
「いいところかは分からない。都会から来た人にとっては、物足りないだろう」
そうか。私はジョーに王都出身だとは告げていないが、都会の者だと分かるのだろうか。だけど私にとって、王宮に閉じこもっているよりも、こうやって野山を歩くほうが合っている。ジョーと過ごしたここ数日、私はとても活き活きしている。
「辺境伯領に着いたら、仕事を探さなくちゃ。
雇ってくれる人はいるのかなぁ」
「アンは恩人だから、働かなくても俺が養う」
「遠慮しておきます!」
ジョーはきっと冗談を言っているのだろう。もし冗談ではなかったとしても、治療を理由に養ってもらうなんて都合のいい話すぎる。だけど、時々は会いに来て欲しいだなんて願ってしまう自分がいた。
こうやって楽しく歩いていたのだが……
「お前ら」
急に低い男性の声が聞こえたかと思うと、周りを男たちに囲まれていた。皆、各々手に刀やら棒やらを持っている。髭の生えた荒々しい顔に、ジョーのような薄汚れた服。……山賊だ。
ジョーが目を覚ました日、この辺りには山賊がいると言っていた。会わないでいて欲しいと思っていたが、とうとう会ってしまったのだ。
山賊を前に恐怖でがくがく震える私を、庇うように前に出るジョー。ジョーが強いことは分かったが、これだけ大人数を相手に勝つのは不可能だろう。
「ジョー……」
ここは降参して、逃げよう。私は金品はそんなに持っていないけど、珍しい薬草くらいなら渡せるから。そう言おうとしたが……
「大丈夫だ、アン」
ジョーは私の頭をそっと撫でた。
大丈夫……そうでいて欲しい。オオカミに襲われた時も、大丈夫だった。だけど今回は、あの時とは比にならない……
こんな時なのに、ジョーは怯える様子もなくすくっと立っている。むしろ、その後ろ姿からは余裕すら感じる。
山賊はニヤニヤ笑いながら、私たちに聞く。
「お前ら、金目の物は持っているか?
命が惜しけりゃ、全て置いて去れ」
「生憎、何も持っていない」
ジョーはさらっと答えるが、その声はどこか凛としていて力強さがある。不思議だ、ジョーの声を聞くと、本当に大丈夫かもしれないと思ってしまうなんて。
「それならお前の命が、その女を置いておけ」
山賊は私を見て舌舐めずりをした。下品で気持ちが悪く、背筋がゾゾゾーッとする。だけど、ジョーがその話を受けることがないことなんて、分かりきっていた。
「断る」
ほら、想像通りの返事だ。だが、その返事に救われたのは言うまでもない。
薄汚れた男に拒否されて、山賊のプライドもズタボロだ。親分は容赦なく
「お前ら、かかれ!!」
子分に命令し、余裕の表情で飛び掛かる子分たち。各々武器を振り上げて……
だが、次の瞬間、その余裕の表情は崩れ落ちていた。
「待ってろ」
ジョーは再び私の頭をぽんと撫でると、山賊たちのほうへ向かっていく。そのまま華麗な回し蹴りを放ち、多数の山賊を一瞬でノックアウトさせる。
そのままジョーは山賊の刀を奪い、次の瞬間、親分の額に刀を突き当てていた。冷たくて余裕な笑みを浮かべながら。