好き避け夫婦の秘めごと 7年越しの初夜
綺麗にセットされていた髪を崩すというか、解す……みたいな。
整髪剤で固められて、ヘッドドレスが着けられていた彼女の髪が、予想もしてなかったような髪型になっていた。
“下ろす”というのは、髪のことだったようだ。
執事の二谷が、彼女の髪を優しく解すように、散りばめられたヘッドドレスのパールを取り外していた。
「何か、御用があったのでは?」
「……あ、いや、その…」
思いもしない展開に、脳内に軽い衝撃が走る。
いや、思考が停止した状態か。
「えっと、何か、温かいものでも飲みますか?」
「え?」
「ハーブティーとか……?」
「それなら、私がお淹れ致します。お嬢様、ウバで宜しいでしょうか?」
「えぇ、お願い」
ヘッドドレスを取り外し終わった二谷は、軽く会釈しキッチンへと向かって行った。
ウバ。
彼女の好みの紅茶なのだろう。
作り笑いではなく、自然と向けられた二谷への微笑み。
俺には一度も見せたことがない。
まだ出会って間もないし、今日から生活がスタートするわけだから。
嫉妬するのも、焦るのも、仕方のないことだと分かっているのに。
夫の俺よりも執事を信頼しているような彼女の態度に、息苦しさを覚えた。
「君好みの紅茶を彼が淹れてくれるのなら、俺は必要ないね」
「へ?」
「疲れているところ、悪かったね」
踵を返し、自室へとその場を後にした。
過ごして来た年月に勝るものはない。
結婚式は、人生で一番輝かしいはずの日なのに。
夫の俺が、執事に敗北を味わった屈辱の日となった。
別々の寝室。
それぞれの寝室の奥に浴室が完備されていて、もちろん書斎も別々。
財閥とも言えるような大企業の令嬢だから、他人と空間を共有したくないのかもしれない。
新居に足を踏み入れて実感した。
これは、完全に家庭内別居と同じ。
政略結婚なのだから、節度を弁えろ……そう言われている気がした。