好き避け夫婦の秘めごと 7年越しの初夜
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「お嬢様、一息入れますか?」
「……そうね」
「では、用意して参ります」

『淪 胡桃』となって、早二カ月。
住み心地のいいマンションに移り住んだだけで、他は何一つ変わっていない。

『愛のない結婚』なのだから、世間一般的な新婚生活とは違うと分かっていたつもりだが、それでも同じ家に住むのだから、毎日顔を合わせて挨拶くらいはかわすものだと思っていた。

けれど、仕事が多忙な彼は家に帰らない日も多い。
二谷の話では、会社の近くに仮眠する部屋があるのだとか。

まめに着替えを取りに戻ることもないことを考えると、恐らく着替えもその部屋に揃っているのだろう。

もしかしたら、そこが彼の住むマンションで、私がいるこのマンションには最低限の夫婦を装うために帰宅するだけなのかもしれない。

「今日は抹茶シフォンを焼いてみました」

お気に入りのウバティーがカップに注がれ、カットされた抹茶シフォンにホイップクリームがあしらわれている。

イギリスにある名門の執事学校を首席で卒業し、料理や芸事、車や小型船舶といった操縦免許も取得している二谷は、胡桃のために養成されたといっても過言じゃない。
それほどに、胡桃の全てにおいて彼が関わっている。

「少し肩の力を抜かれては如何ですか?」
「……」

ライトノベル小説の表紙絵の依頼が来ていて、〆切まであと三日。
イメージは何となく出来上がっているのに、どうしても指が動かない。

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