好き避け夫婦の秘めごと 7年越しの初夜
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「二谷っ、士門さんはッ?!」
「お仕事があるとかで、もう出て行かれました」
「へ……」

ハードのコンタクトレンズがずれてしまい、涙ぐんでる片目じゃよく見えない。
慌てて玄関へと向かおうとしたが、

「あっ…」

ラグに足先が引っかかり、躓いてしまった。

「お怪我はありませんか?」

二谷が手を貸してくれ、立たせてくれた。

『どうぞ、続けて』
落ち着きのある声音の彼が、挙式の夜に耳にしたのと同じように冷ややかな口調だった。
ううん、あの日よりも棘があるように聴こえた。

『俺に構わず、楽しんだらいいさ』的な、容認とも言える発言。

もしかして、私と二谷がいい雰囲気だと勘違いしたかしら?
……そうとしか思えない。

けれど、私に好意があるなら、嫉妬したり独占欲を露わにしたりするはず。
だけど、彼からそういった態度を感じ取ったことは、今まで一度もない。

私と二谷がリビングにいようがキッチンにいようが、チラッと見るだけで声をかけてくることも殆どない。
彼にとったら私なんて顔見知り程度の女に過ぎないのだろう。


世間体があるから結婚は必須。
お互いに何も求めず、干渉もしない。
だからベッドルームは別だし、食事も気が向いたときだけ。

『共生婚』という結婚の形。


この結婚はハッピーエンドでも、バッドエンドでもない。
そもそも『恋愛』自体不要で、二人の間にあるのはお互いを尊重することだけ。

コミックや小説でよくあるストーリーの結末にはない夫婦の在り方。
ジャンルで言ったら、どこに当てはまるのだろう?
ヒューマニズム?
もうそれすら考えたくもない。

「二谷、仕事するわよっ」
「目はもう大丈夫なのですか?」
「眼鏡するから大丈夫よ」

彼に必要とされなくても、私には仕事がある。
ううん、仕事しか残されていないんだ。
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