好き避け夫婦の秘めごと 7年越しの初夜

社長である父親の命令により、『凱亞』という名前だけで、担当者だけでなく編集長でさえ胡桃の存在を知らない。
社長令嬢が描いているとは誰も知らず、女性なのか、男性なのか、それすら伏せられている。

連絡事項は常にメールか、アシスタントの二谷を通して行われ、凱亞との直接のやり取りは完全NGとされている。


「……はぁ、分かりました。先生に相談して、折り返し連絡します」
「ホント助かります!」

電話を切った二谷が溜息交じりに胡桃に視線を向ける。

月刊コミックに連載している作品(作画のみ)の巻頭カラーページの見開きのアップショット(キャラをアップで描くアングル)を描いている胡桃。
こういう無理難題を押し付けられることもしょっちゅうだから、“またなの?”的な表情でペンタブ(デジタルのイラストを描くためのタブレット状の機器)から視線を持ち上げた。

「直しのコマって、どの部分?」
「……九十五ページの入浴のコマ割り部分です」

コマ割りとは、一シーンを表すために絵を枠線で区切ることをいう。

胡桃は修正依頼の箇所を立ち上げ、何が原因なのかを考える。

「別におかしいと思う部分はないけれど?」

美人女優もお忍びで訪れるという隠れ家バーのイケメンバーテンダー(一ノ瀬)と人見知りで冴えない営業マン(吉良)のBL漫画。
紆余曲折ありながら交際期間一年を経て、同棲し始めた……という展開。

昼型(吉良)と夜型(一ノ瀬)の二人は、いつもすれ違うことが多い。
焦れ感がありながらも、お互いに生活スタイルを変えずに尊重し合うことで想いを確かめ合う、そんな作品だ。

「コマ数減らしてもいいから、インパクトが欲しいそうです」
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