好き避け夫婦の秘めごと 7年越しの初夜

お風呂でイチャラブ的な展開なら幾らだって描けるけど、このシーン、全然そういう流れではない。

一ノ瀬は、夜だから仕事で不在。
仕事を終え帰宅した吉良は、いつものように晩酌の前にシャワーを浴びる。
その入浴シーンで、ふと恋人のことを想い出すシーン。

そんなに深く掘り下げるようなシーンじゃないし、小柄だけど意外と均整のとれたシャープな筋肉質の体は丁寧に描いたつもりだ。

そもそも、男性がシャワーを浴びながら恋人を想う気持ちが分からない。
シャワーを浴びてる()は描けるけれど、“心理描写を具体的に”と言われたら完全に力不足だ。


線のタッチ、明暗、視線、表情、パース(遠近法を用いた透視図)……。
最大限に努力して描いてるつもりだけど、何かが足りないのだろう。

自分が入浴した際の行動を思い返してみるが、誰かを恋慕いながらシャワーなどしたことがない。

湯船に浸かっている時は、手掛けている仕事の創作イメージだったり、逆に心を無にしたりするけれど。
そもそも誰かを好きになったことがないのに、心情を描き起こすだなんて。
しかも、男性が男性を……そんな無理難題。

「お嬢様、士門様がご帰宅されたようです」
「へ?」

既に二十三時を回っていて、今日はもう帰って来ないと思っていた。

結局、クリスマスも年末年始も彼は殆ど帰宅せず。
両家の実家に新年の挨拶に行く際に、数時間だけ帰宅した。
それと、取引先への挨拶回りに夫婦同伴が必要な時だけ。

世間体では良い夫婦を演じる。
そういう決まり事なのだから、それ以上でもそれ以下でもない。

二谷は玄関のドアロックが解除した音が聞こえたらしい。

「……お嬢様?」
「この手があったわ!」

仕事モードの胡桃の瞳が、怪しく揺らめいだ。
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