好き避け夫婦の秘めごと 7年越しの初夜
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どんよりとした厚い雲の隙間から、すり硝子のような不透明な陽射しが差す。
お見合いだから仕方ないのかもしれないが、梅雨時期のじめっとした中に振り袖姿は地味に堪える。

「お嬢様、お顔の色が優れないようですが…」
「……大丈夫よ」
「少し、帯を緩めて差し上げましょうか?」
「本当に大丈夫よ」

枯山水の庭園が見事な料亭の茶室へと向かいながら、私の手を取って介添えする二谷が心配して声をかけて来た。

茶室に通され、息を吐く。
時折耳に届く鹿威しの涼し気な音に緊張を解していると、いつもより優し気な表情の父親が現れた。

「二谷」
「はい。お嬢様、私は別間にて控えておりますので」
「……分かったわ」

二谷は去り際に『お綺麗ですよ』と口にした。
私の緊張を解すものだと分かってはいるけれど、二谷が傍にいないと途端に心細くなる。

「遅くなり申し訳ありません」
「いえいえ、私たちが早くに来過ぎてしまって。お忙しい中、本日は有難うございます」

優しい雰囲気のご夫婦が現れた。
お見合い相手のご両親らしい。

「初めまして、(たかむら) 胡桃(くるみ)と申します」
「お写真よりもお綺麗で可愛らしいお嬢さんですこと」
「胡桃さん、本当に申し訳ない。息子から先ほど少し遅れるとの連絡があって…」
「今日は仕事だと伺ってますし、私が(さざなみ)君に無理言って時間を割いて頂いたので全然構いませんよ。先に食事でも如何ですか?」
「そうですね」

和やかな雰囲気の中、両家の挨拶が交わされる。

うちの父親と違い、笑顔が絶えない素敵なご夫婦。
母親が生きていたら、父もあんな風に笑ったりしたのかしら?

旬の素材がふんだんにあしらわれた色とりどりの懐石料理。
着物の袂に気を遣いながら箸を伸ばしていた、その時。
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