好き避け夫婦の秘めごと 7年越しの初夜

士門さんの部屋から自室に戻った胡桃。
ドアを勢いよく閉めて、ドアに凭れた。

「お嬢様?録音は上手くできましたか?」
「へ?……あっ」

レコーダーの停止ボタンを押し忘れてる。
慌てて停止ボタンを押して、深呼吸する。

担当者の無茶ぶりがあったから、彼の知らない一面を知ることができた。
普段なら、会釈する程度で会話らしい会話も皆無なのだから。

体は手のひらから洗うことも、どんな下着をつけているのかも。

「嬉しそうですね、お嬢様」

キャパオーバーの胡桃は動悸がおさまるのをじっと待っていると、二谷が柔和な表情で紅茶を注いでくれる。

結婚して以来、彼にずっと冷たくあしらわれていると思っている二谷。
私が愚痴を零さないから、出しゃばるようなことを言ったりしないけれど。
本当はいつも何か言いたげな顔をしているのを私は知っている。

「修正箇所、何とかなりそうよ」
「本当ですか?」
「えぇ。後で士門さんに御礼がしたいのだけれど」
「お任せ下さい。全力でお嬢様をサポート致します」
「……ありがとう」

胡桃は気持ちを落ち着かせ、ラフ画を描き始めた。

修正依頼があった入浴のシーンは、恋人を思いながら、寂しさと嬉しさが複雑に交差する心情だ。

会えない時間。
一人で過ごす寂しさを覚えながらも。
想い人と繋がるペアリングを視界に捉えて、『未来を誓い合った証』が心を甘く焦がす。

士門さんが言った『手のひら』という言葉に、ふと視界に入った結婚指輪。
例え形だけの夫婦だとしても、『永遠』を誓い合ったのは事実だから。

あの日。
挙式をしたあの瞬間は、十八年生きて来た中で一番幸せだった。

牢獄のようなあの家から私を救い出してくれたのは、まぎれもなく彼だった。
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