好き避け夫婦の秘めごと 7年越しの初夜
(士門視点)

「……に…たに」

胡桃さんは俺の名前ではなく、『二谷』と何度も口にする。

高熱に魘されて、意識が朦朧としているのだからノーカウントだと分かっているのに。
胸がグサッと鋭いもので突き刺された痛みを覚える。

頬や首筋に手を当てると、俺の手がひんやり気持ちいいのか。
擦り寄るように顔を傾ける彼女。
この手も、あいつのものだと勘違いしているのだろうな。

俺が熱を出したばかりに、彼女をこんな目に遭わせてしまった。


コンコンコン。
彼女の寝室のドアがノックされる。

「はい」
「……失礼致します。士門様、私に何かできることは…」
「後は自分がしますので、今日は上がって下さい」
「ですが…」
「上がって下さい」
「……分かりました。何かございましたら、ご連絡下さい。失礼致します」

二谷は深々と一礼し、部屋を後にした。


篁家の大事な令嬢だということは、重々承知している。

俺のように体力があるわけじゃない。
そんな彼女がまだ四月だというのに、冷水を浴びてまで俺の看病をしてくれた。
その想いに応えたいだけ。

例え、彼女の心が俺ではなく、あいつにあるのだとしても。
『夫』だという権力を振りかざしてでも、今は傍にいたくて。

長い年月を経て築き上げて来た二人の絆にヒビを入れたいわけじゃない。
そんなことができるとも思えないし。

「………た……にっ」

熱に魘されながらも、最愛の人の名を呼び続ける彼女の想いがどれほどのものか。

悔しくて狂おしい。
あいつの名を呼ぶこの小さな唇を今すぐ塞いでしまいたい。
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