龍帝陛下の身代わり花嫁
…祭りの主催者
「ご、ごめんなさい!」
声の主を見つめていれば、人混みから母親らしき女性が飛び出してくる。
「龍帝陛下に花嫁様! 愚息が大変失礼いたしました。素敵な『でえと』の時間をお邪魔してしまい、誠に申し訳ございません」
駆け寄ってきた女性に思わず視線を奪われた。
艶やかな黒髪から丸い狸耳が覗くその女性は、いつも身支度を手伝ってくれる侍女の一人によく似ていた。
「あの、もしかしてココさんのお知り合いの方ですか?」
「は、はい。ココは私の祖母で、私はロロと申します」
やはりと納得しつつも、目の前のロロさんとココさんがさほど年の差があるように見えず驚いてしまう。
人と亜人との違いを実感しつつも、そういえば日中ココさんがお祭りの主催者をせっついたと言っていた話を思い出し、恐る恐る口を開いた。
「あの、ココさんがせっついた主催者の方というのは……」
「ああ、私です! 毎年『花祭り』の主催を務めておりますので」
その言葉に聞き、子狸を抱いたロロさんに向けて頭を下げる。
「ココさんから、お話伺いました。素敵なお祭りをありがとうございます」
私の御礼に、ロロさんは大きく目を見開いた。
その反応に、もしや見当違いなことを言ってしまったのではないかと不安を覚える。
「あの、ココさんからお孫さんが主催者だと聞いていたのですが、もしかして人違いだったでしょうか?」
「いえ! 確かに祖母から『花祭り』を早めるようにとの連絡も受けております!」
「あ、人違いでなくて良かったです。このお祭りは『花祭り』というんですね」
ぼんぼりに照らされた桜と沢山の出店や懐かしい音楽に、ここは異世界であることはわかっているはずなのに、どこか懐かしさを感じてしまう。
「良い思い出になりそうです。ありがとうございます」
お礼を口にすれば、目を瞬いていたロロさんの口元がじわじわと緩んでいく。
「まあ、まあまあまあまあ! もったいないお言葉です! 私達がやりたくてやっていることなので褒めていただけるとは思っていなかったのですが……でも、そうですね。喜んでもらえたら嬉しくて、もっともっと頑張りたくなってしまいますわ!」
そう言いながらロロさんがパチンと指を鳴らすと、近くの桜が一斉に舞い上がり、その一枚一枚が焔を灯したように光を帯びながらキラキラと舞い降りてくる。
幻想的な光景に見惚れていると、くいっと繋いでいた手が引かれた。
「狸族の、申し訳ないがあまり我が花嫁を誘惑しないでくれぬか。花嫁の視線を独占されると、夫として少々辛いのでな」
「ふふ、申し訳ございません。花嫁様があまりに嬉しいことをおっしゃられるもので」
ロロさんがにこやかに返事をしている間に、その腕に抱かれていた子狸がぴょんと飛び出す。
その勢いのままに、トトトとこちらに駆け寄ると、ちょんちょんと服の裾を引っ張られた。
「ねぇねぇ」
裾を引っ張る相手は、見た目は完全な子狸であり可愛らしい小動物だ。
怯えさせないよう、ゆっくりと腰を下ろしてヴェール越しに目線を合わせる。
「なにかしら?」
首を傾げてみせれば、相手は濡れたような黒の瞳をキラキラと輝かせた。
「ぼく、大きくなったら、あなたとツガイになりたい。いいでしょう?」