龍帝陛下の身代わり花嫁
第一章 身代わりの花嫁
薄暗い部屋の中に、燭台に供された灯りが揺らめいている。
広い板張りの室内の真ん中、置かれた丸い敷物の上に座った私は、静かにその時を待っていた。
格子のようなもので周囲を仕切られている部屋は、月明かりの差し込む一面だけカーテンのようなもので仕切られている。
――夢でも見ているのかしら。
ぼんやりと宙を見上げながら、先程のやりとりを思い返していた。
「どうか我が主――紅国のヨナ姫の身代わりとして『龍帝陛下の花嫁』となっていただきたい」
唐突な提案に困惑していれば、青年はその場で膝を降り、地面に額を擦り付けるように頭を下げる。
「どうか、どうかお力をお貸しください」
「あ、あの……ええと、とりあえず土下座は大丈夫ですから」
「引き受けていただけるんですか⁉︎」
「えっと」
「ありがとうございます‼︎」
困惑している間に相手の勢いに押され、流されるように承諾したことになってしまっていた。
何度も何度も頭を下げて感謝を示されれば、今更やっぱり無理ですとも言い出せない。
「ハルカ様、こちらです」
言われるがままに青年について歩けば、周囲の街並みが見えてくる。
月明かりに照らされた舗装されていない道に木造の建物が立ち並んだりと、どう見てもいつもの最寄駅周辺の光景ではない。
混乱している間に到着した大きな邸は、周囲をぐるりと白い壁で囲まれており、裏口のような扉からひっそりと通された。
先導する青年が建物の欄干に手をかけ、ひらりとその廊下に登れば、差し伸べられた手によって胸元近くある高さのある廊下に引っ張り上げられる。
「ここは、ヨナ様が通された龍帝陛下の別邸です。見張り等は置かれておりませんでしたのでご安心ください」
周囲を窺いながら進む青年の後ろを、息を潜めながらただただ付いて歩く。
しばらく歩いていれば、彼はある部屋の引き戸を開けて私を招き入れた。
そこは、部屋の仕切りを取り払ったような大きな板張りの部屋で、真ん中に丸い座布団のようなものがぽつんと置かれ、その側に燭台が一つあるのみだった。
「ハルカ様は、ただ首を横に振るだけで構いません」
隣に立つ青年が、静かにそう呟く。
「龍帝陛下は、これまで捧げられてきた花嫁達を全員袖にしております。噂によれば、顔を合わせることなく断られるという噂です」
その言葉に、不謹慎ながらもホッと胸を撫で下ろす。
顔を見られなければ偽物だとバレる可能性はないだろうし、相手を騙しているという罪悪感も小さくて済む。
「今回も恐らくすぐに暇を出されるだろうと思いますが、できることならヨナ様がこの国から逃れるまで三日――できれば七日間ほどの時間を稼いでいただきたい」
その言葉に隣を振り仰げば、困ったような笑みを浮かべた彼が、近くにあった桜の刺繍の入った羽織のようなものを手に取った。
「これは、ヨナ様の花嫁衣装となる予定だった打ち掛けです」
花嫁衣装だというその上着を大きく広げた彼は、私の肩に羽織らせる。
そして正面に跪くと、深く頭を下げた。
「本来、私が身代わりとなるつもりでした。しかし、体格差を考えれば、対面した瞬間にすぐ正体を見抜かれていたことでしょう。ハルカ様のご協力に心より感謝申し上げます」
深々と頭を下げた彼を前に、今更無理だとは言い出せない。
元来頼まれごとを断るのが苦手な性格だったし、見知らぬ世界に迷い込んでしまったような今の状況では、彼の申し出を断ったところで行くあてもなかった。
理解の及ばない事態に混乱しながらも、一つだけずっと気になっていたことがあった。
「あの……今更なのですが、一体どうしてヨナ姫はここから逃げだしたのですか?」
おずおずと口を開けば、ゆっくりと顔を上げた青年が眉根を寄せ、言いにくそうに唇を噛んだ。
「その、事情があるんだろうなということはなんとなくわかるんですが、私も彼女のふりをすることになるので一応知る権利もあるのかなと……」
「そう、ですね」
私の言葉に短く声を返した青年は、その視線を伏せながら静かに口を開いた。
「ヨナ様について、お話しさせていただきます」