龍帝陛下の身代わり花嫁
…取引の理由
「この取引には、何か別の意図があるのではないかと考えてしまうんです」
じっと相手を見つめると、中庭を抜ける風が湖面を揺らしていく中、彼はふっとその顔を緩めた。
「……なかなか敏いな」
そう呟いたレイゼン様は、ぽんと私の頭を叩くと、欄干に寄りかかるように空を見上げる。
彼の視線の先には光り輝く満月と、夜空に瞬く数多の星があった。
「私が神龍族であることは、以前話したな」
頷き返せば、こちらに向けられた目が細められる。
「寿命が長いことも聞いているだろう?」
「はい、長い場合は数千年にわたると」
私からすれば十分長生きなココさんクランさんが長寿な種族だと言うのだから、神龍族は相当長い年月を生きることになるのだろう。
私の発言に小さく頷いた彼は、静かに湖面に視線を落とした。
「母親が龍族だったと話したが、それ以外の家族も皆龍族でな。龍族の寿命は約二百年。彼らは皆寿命を全うし、安らかな最期を迎えていった」
淡々と語られる身の上に、思わずぎゅっと胸元を握りしめる。
「……ご家族を、見送られたんですね」
親兄弟に置いて行かれるというのはどれほどの喪失感だろう。
つい自分と重ねて、彼の言葉の中に滲む空虚感を感じてしまう。
寿命の違いだというのだから、私と両親のような別れではなかったとしても、愛する家族を失うという喪失感は耐え難いものだったのではないのかと胸の奥が苦しくなった。
「最後の生き残りだった妹を見送ったとき、私は自分の余生が恐ろしくなった」
その声に目を瞬けば、彼は困ったような笑顔を浮かべる。
「生まれ育った村の同胞達は私の特性を恐れて距離を取っていたし、私自身も関わりを持ってこなかった。そんな環境に止まる理由もなく、妹を見送った後に私は静かに放浪の旅に出た」
レイゼン様は目尻を下げて力なく笑う。
「王都に向かったのは、死に場所を求めていたかもしれないな」
その言葉に、目を見開く。
「我が亜人国の王は、実力によって決められる。王に挑めば、寿命を待たずして死を迎えられるのではないかと思っていたのだ」
彼の言葉に胸が締め付けられ、つい唇を噛んでしまう。
そんな私を見て、彼は小さく笑みを溢した。
「しかし私は王の椅子に座ることになった。それは私が神龍族だったからで、それは私の意思ではなかった」
そう呟いたレイゼン様は、静かに視線を湖面に落とす。
死を望んでいた彼が、なぜ王の椅子に座ることになったのかはわからない。
ただその口ぶりから、望まぬ事態が起こってしまったことは伝わってくる。
「……王になりたくなかったのですか?」
私の質問に、彼は曖昧な笑みを浮かべた。
「どうだろうな? 興味をもっていなかったから、肯定も否定もできぬ」
その手を欄干に乗せ、月を見上げて目を細めた。
「ただ、王となって二十年を経ても、漠然とした空虚感が消えることはない。これから何千年も続いていく年月を考えると、出口のない迷路に迷い込んだ心地になるのだ」
その手がコンと欄干を鳴らす。
「そなたに声をかけたのも、暇つぶしの一つだ」
その言葉に、つきんと胸の奥がささくれ立つ。
声と共にこちらを振り向いた彼が、その手で私の頬を撫でた。
「『時空の迷い子』であるそなたは、この世界では私と同じ、たった一人の独立した存在だろう? だから、そなたとは、この孤独を分かち合えるのではないかと思ってな」
「……ヨナ姫達のことは」
「ああ、紅国の鼠達にはそもそも興味もなかった。そなたが気にしていたから、取引材料の一つとなってもらったまでよ。奴らについては、番で別の国に届けるよう配慮しよう」
そう口にした彼が、言葉を切る。
「騙すような真似をして、すまなかった」
じっと相手を見つめると、中庭を抜ける風が湖面を揺らしていく中、彼はふっとその顔を緩めた。
「……なかなか敏いな」
そう呟いたレイゼン様は、ぽんと私の頭を叩くと、欄干に寄りかかるように空を見上げる。
彼の視線の先には光り輝く満月と、夜空に瞬く数多の星があった。
「私が神龍族であることは、以前話したな」
頷き返せば、こちらに向けられた目が細められる。
「寿命が長いことも聞いているだろう?」
「はい、長い場合は数千年にわたると」
私からすれば十分長生きなココさんクランさんが長寿な種族だと言うのだから、神龍族は相当長い年月を生きることになるのだろう。
私の発言に小さく頷いた彼は、静かに湖面に視線を落とした。
「母親が龍族だったと話したが、それ以外の家族も皆龍族でな。龍族の寿命は約二百年。彼らは皆寿命を全うし、安らかな最期を迎えていった」
淡々と語られる身の上に、思わずぎゅっと胸元を握りしめる。
「……ご家族を、見送られたんですね」
親兄弟に置いて行かれるというのはどれほどの喪失感だろう。
つい自分と重ねて、彼の言葉の中に滲む空虚感を感じてしまう。
寿命の違いだというのだから、私と両親のような別れではなかったとしても、愛する家族を失うという喪失感は耐え難いものだったのではないのかと胸の奥が苦しくなった。
「最後の生き残りだった妹を見送ったとき、私は自分の余生が恐ろしくなった」
その声に目を瞬けば、彼は困ったような笑顔を浮かべる。
「生まれ育った村の同胞達は私の特性を恐れて距離を取っていたし、私自身も関わりを持ってこなかった。そんな環境に止まる理由もなく、妹を見送った後に私は静かに放浪の旅に出た」
レイゼン様は目尻を下げて力なく笑う。
「王都に向かったのは、死に場所を求めていたかもしれないな」
その言葉に、目を見開く。
「我が亜人国の王は、実力によって決められる。王に挑めば、寿命を待たずして死を迎えられるのではないかと思っていたのだ」
彼の言葉に胸が締め付けられ、つい唇を噛んでしまう。
そんな私を見て、彼は小さく笑みを溢した。
「しかし私は王の椅子に座ることになった。それは私が神龍族だったからで、それは私の意思ではなかった」
そう呟いたレイゼン様は、静かに視線を湖面に落とす。
死を望んでいた彼が、なぜ王の椅子に座ることになったのかはわからない。
ただその口ぶりから、望まぬ事態が起こってしまったことは伝わってくる。
「……王になりたくなかったのですか?」
私の質問に、彼は曖昧な笑みを浮かべた。
「どうだろうな? 興味をもっていなかったから、肯定も否定もできぬ」
その手を欄干に乗せ、月を見上げて目を細めた。
「ただ、王となって二十年を経ても、漠然とした空虚感が消えることはない。これから何千年も続いていく年月を考えると、出口のない迷路に迷い込んだ心地になるのだ」
その手がコンと欄干を鳴らす。
「そなたに声をかけたのも、暇つぶしの一つだ」
その言葉に、つきんと胸の奥がささくれ立つ。
声と共にこちらを振り向いた彼が、その手で私の頬を撫でた。
「『時空の迷い子』であるそなたは、この世界では私と同じ、たった一人の独立した存在だろう? だから、そなたとは、この孤独を分かち合えるのではないかと思ってな」
「……ヨナ姫達のことは」
「ああ、紅国の鼠達にはそもそも興味もなかった。そなたが気にしていたから、取引材料の一つとなってもらったまでよ。奴らについては、番で別の国に届けるよう配慮しよう」
そう口にした彼が、言葉を切る。
「騙すような真似をして、すまなかった」