龍帝陛下の身代わり花嫁
…亜人の過去
「では、昔話をしようか」
ぽつりと漏らされたその声に、耳を傾ける。
「遥か昔、この世界には国や種族の線引きがなく、我々亜人が人間を奴隷として扱い虐げていた時代があった」
その言葉に、思わず息を呑んだ。
「元々亜人は、人と他とが交じり合った種族だ。それにもかかわらず、人間は進化を止めた存在だと見下し、我々亜人は暴虐の限りを尽くしていた。その愚かな振る舞いを、神は見逃さなかったのだろうな」
レイゼン様は、自嘲するかのような笑みを浮かべる。
「あるときから亜人同士を親に持つ子には、人以外の特徴が強く出るようになった。亜人同士の交配が続けば続くほど、人としての特徴を失い、獣や動物へと退化していくのだ。そこでようやく亜人は、人間との交配が必要であることに気付いた」
人間より優れていると誇っていた亜人たちが、人間と交わらなければ種族が存続できないというのは何とも皮肉な話だと思う。
「しかしそれに気付いた頃には、人間はあまりにも減り過ぎていた。このままでは人間の奪い合いが起こり更にその数を激減させることになると判断した亜人達は、人間の住まう箱庭を作り、亜人の出入りを禁止した」
「箱庭……」
「ああ、亜人国の中に禁足地を設け、そこに人間を住まわせたのだ」
まるで物語の中のような話に、目を瞬く他ない。
そんな私の様子を見て、彼はふっとその目を細めた。
「その箱庭が、この世界における人間の国だ。数千年をかけていくつかの国に分裂したが、どの国も十年に一度花嫁を提供する代わりに亜人の庇護下に置かれている。それが、この世界における亜人と人間との約束事だ」
そう告げたレイゼン様は、その指先で私の手の甲を撫でる。
「……我々亜人を軽蔑したか?」
窺うような視線をこちらに向けられ、つい言葉に詰まる。
正直、現実感がないというのが本音だ。
そもそも過去の出来事なのだから、今生きている亜人達は関与していないだろう。
しかし現在も箱庭の中で人間を管理し、十年に一度とはいえ強制的に『花嫁』という生贄を求め続けている。
ただ、それがなくては亜人という種族が滅びてしまうことを知ってしまえば、安易に亜人を悪だと決めつけるのも違う気がした。
「……提供されるのは『花嫁』――女性だと決まっているのですか?」
「人間の胎から生まれた子に人の特性が強く出ることから、捧げられるのは『花嫁』と限定されているな」
目を伏せた彼は、小さく頭を振る。
「亜人の退化が始まってから、もう随分と年月が経っている。昔は人と獣の姿を行き来することが当然だったが、今や完全な人のかたちとなれるのは我々先祖返りと呼ばれる一部の者だけになっているからな。我々亜人は、これ以上退化せぬよう種族を繋げるだけで精一杯なのだ」
そう言えば、以前のお祭りで会ったココさんの曾孫にあたる子狸は、人の言葉を話してはいたが完全に獣の姿だった。
あの状態のまま何代か世代が進めば、人の言葉も理解できない完全な狸になってしまうのだろうか。
突然突き付けられたような現実に言葉を失っていれば、レイゼン様は困ったようにその眉尻を下げた。
「人間は虐げられた過去を忘れていない。何千年も語り継がれてきた憎むべき相手に、生贄のように捧げられた『花嫁』は、我々に対してどのような態度を取ると思う?」
過去に虐げられた記憶を持ち、定期的に仲間内から生贄を出すように求めてくる存在を、自分はどう感じるだろうか。
「……恐怖を感じるかな、と」
「その通りだ。捧げられた花嫁は、皆脅えきった様子で震えながらこの場に座っておった」
静かに目を伏せるレイゼン様を見ながら、ふと先程の彼を思い出す。
「あの、ガルファンさんの奥様は人間なんですよね……?」
私の質問に、向かいの彼はふっとその顔を緩めた。
「あやつは見かけによらず面倒見がいいからな。根気よく声をかけ手を差し伸べ、引っ掻かれようと噛みつかれようと、少しずつ距離を縮めていった結果よ。三人もの花嫁を迎えた王は、あやつくらいだ」
ガルファンさんやレイゼン様が受け入れなかった花嫁達は、位の高い者から順に宛がわれ、それぞれが娶られていったと言う。
「龍帝陛下に捧げられた花嫁は国には戻れないというのは、そういうことだったんですね」
「王に捧げるというのは形式だけで、捧げられた花嫁とは全ての亜人の番候補となるからな」
その言葉に、慌てて顔を上げる。
「それではヨナ姫は――」
「ああ、そうだったな。それについては安心していい。紅国の花嫁は今ここに『身代わり』がいるだろう?」
そう口にしたレイゼン様は、ふっとその目を細め、私の手を引き寄せ唇を寄せた。
「そなたとの約束を違えることはない」
ぽつりと漏らされたその声に、耳を傾ける。
「遥か昔、この世界には国や種族の線引きがなく、我々亜人が人間を奴隷として扱い虐げていた時代があった」
その言葉に、思わず息を呑んだ。
「元々亜人は、人と他とが交じり合った種族だ。それにもかかわらず、人間は進化を止めた存在だと見下し、我々亜人は暴虐の限りを尽くしていた。その愚かな振る舞いを、神は見逃さなかったのだろうな」
レイゼン様は、自嘲するかのような笑みを浮かべる。
「あるときから亜人同士を親に持つ子には、人以外の特徴が強く出るようになった。亜人同士の交配が続けば続くほど、人としての特徴を失い、獣や動物へと退化していくのだ。そこでようやく亜人は、人間との交配が必要であることに気付いた」
人間より優れていると誇っていた亜人たちが、人間と交わらなければ種族が存続できないというのは何とも皮肉な話だと思う。
「しかしそれに気付いた頃には、人間はあまりにも減り過ぎていた。このままでは人間の奪い合いが起こり更にその数を激減させることになると判断した亜人達は、人間の住まう箱庭を作り、亜人の出入りを禁止した」
「箱庭……」
「ああ、亜人国の中に禁足地を設け、そこに人間を住まわせたのだ」
まるで物語の中のような話に、目を瞬く他ない。
そんな私の様子を見て、彼はふっとその目を細めた。
「その箱庭が、この世界における人間の国だ。数千年をかけていくつかの国に分裂したが、どの国も十年に一度花嫁を提供する代わりに亜人の庇護下に置かれている。それが、この世界における亜人と人間との約束事だ」
そう告げたレイゼン様は、その指先で私の手の甲を撫でる。
「……我々亜人を軽蔑したか?」
窺うような視線をこちらに向けられ、つい言葉に詰まる。
正直、現実感がないというのが本音だ。
そもそも過去の出来事なのだから、今生きている亜人達は関与していないだろう。
しかし現在も箱庭の中で人間を管理し、十年に一度とはいえ強制的に『花嫁』という生贄を求め続けている。
ただ、それがなくては亜人という種族が滅びてしまうことを知ってしまえば、安易に亜人を悪だと決めつけるのも違う気がした。
「……提供されるのは『花嫁』――女性だと決まっているのですか?」
「人間の胎から生まれた子に人の特性が強く出ることから、捧げられるのは『花嫁』と限定されているな」
目を伏せた彼は、小さく頭を振る。
「亜人の退化が始まってから、もう随分と年月が経っている。昔は人と獣の姿を行き来することが当然だったが、今や完全な人のかたちとなれるのは我々先祖返りと呼ばれる一部の者だけになっているからな。我々亜人は、これ以上退化せぬよう種族を繋げるだけで精一杯なのだ」
そう言えば、以前のお祭りで会ったココさんの曾孫にあたる子狸は、人の言葉を話してはいたが完全に獣の姿だった。
あの状態のまま何代か世代が進めば、人の言葉も理解できない完全な狸になってしまうのだろうか。
突然突き付けられたような現実に言葉を失っていれば、レイゼン様は困ったようにその眉尻を下げた。
「人間は虐げられた過去を忘れていない。何千年も語り継がれてきた憎むべき相手に、生贄のように捧げられた『花嫁』は、我々に対してどのような態度を取ると思う?」
過去に虐げられた記憶を持ち、定期的に仲間内から生贄を出すように求めてくる存在を、自分はどう感じるだろうか。
「……恐怖を感じるかな、と」
「その通りだ。捧げられた花嫁は、皆脅えきった様子で震えながらこの場に座っておった」
静かに目を伏せるレイゼン様を見ながら、ふと先程の彼を思い出す。
「あの、ガルファンさんの奥様は人間なんですよね……?」
私の質問に、向かいの彼はふっとその顔を緩めた。
「あやつは見かけによらず面倒見がいいからな。根気よく声をかけ手を差し伸べ、引っ掻かれようと噛みつかれようと、少しずつ距離を縮めていった結果よ。三人もの花嫁を迎えた王は、あやつくらいだ」
ガルファンさんやレイゼン様が受け入れなかった花嫁達は、位の高い者から順に宛がわれ、それぞれが娶られていったと言う。
「龍帝陛下に捧げられた花嫁は国には戻れないというのは、そういうことだったんですね」
「王に捧げるというのは形式だけで、捧げられた花嫁とは全ての亜人の番候補となるからな」
その言葉に、慌てて顔を上げる。
「それではヨナ姫は――」
「ああ、そうだったな。それについては安心していい。紅国の花嫁は今ここに『身代わり』がいるだろう?」
そう口にしたレイゼン様は、ふっとその目を細め、私の手を引き寄せ唇を寄せた。
「そなたとの約束を違えることはない」